演劇家・横山真が己の表現の追求・具現化のために発足したプロデュースユニット。生(LIVE)の表現にこだわり、演者から発せられる音・熱・呼吸・視覚的印象などを五感+αで感じられる作品創造を目指す。


by yukinone_makoto
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6/5(木)『ドコカ遠クノ~』 本番9日前

6/5(木)10:00~22:00  天候:雨

【稽古前の身体状況】
●腰と首周りに強い張り
●声帯が荒れ気味

【本日のテーマ】
◆攻め気の徹底

【本日の稽古レポート】
ここにきてようやく自分の役にしっかりとした形でめぐり会えたような気がする。
これまでに幾度となくすれ違いを繰り返してきた訳だが、これまでに行ってきた地道な作業は決して無駄にはならなかったと思う。

しかし当然安心するのはまだまだ早く、この出会いを生かすも殺すも今後の自分の向き合い方次第だ。
「この役はこういう人だ」という風に、己の役にレッテルを貼ってしまえば、その時点でお互いの関係は上っ面だけのものになってしまう。
己と役の間で適度な距離を保ちつつ、共に作品に向き合ってゆける関係作りこそが今後重要になってくるのだろう。

まずはとにかく、ざっくばらんに何でも語り合える間柄になる事を目指そうか。

さて、本日の稽古では、それ以外にもいくつかの自分自身の事についての大きな発見があった。その中でも、

■傾向として、己の想い全てを言葉に乗せようとしてしまいがち。

どんなに水圧が強かろうが、蛇口の大きさは限られたものである以上、一度に出せる水量には限界がある。にも関わらず、自分はその蛇口(言葉)の大きさを省みず、水(想い)全てを一度に放出させようとしてしまいがちなのである。
思うに、その一度に放出し切れないもどかしさのようなものと素直に向き合ってみれば、また表現の幅も広がってくるのではないだろうか。例えば、そのもどかしさに台詞を乗っけてみる、という手段もある訳なのだから。

■意識が外へ向きすぎている。

「受け」を大事にするあまり、己の意思が表出しにくい状態に陥りがちになってしまう傾向が自分には見られるのだが、もっとどっしり構えてもよいのではないかと思う。
というのも、自分の場合は受けをそこまで過剰に意識せずとも、身体が素直に反応しているため、もう少し己の身体を信頼してもよいのではないかと考えられるからだ。
また、「聞かせよう」という意識が強すぎる事も、己の意思を素直に出せなくなっている原因のひとつとなっているようだ。脚本や作品そのものに対して従順すぎるのかもしれない。
自分には、もっとわがままになる事が求められているような気がする。

という2点は、自分にとって今後役者としてやってゆくための当面の課題であると思う。

今日の稽古は、本当に沢山の発見があって、非常に有意義な1日だった。
明日も、果敢に飛び込んでゆこう。


【次回稽古への宿題とテーマ】
◆宿題:身体のケアの徹底
◆テーマ:肩の力を抜き、フットワークを軽く


横山 真
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by yukinone_makoto | 2008-06-06 10:08 | 稽古場日記