演劇家・横山真が己の表現の追求・具現化のために発足したプロデュースユニット。生(LIVE)の表現にこだわり、演者から発せられる音・熱・呼吸・視覚的印象などを五感+αで感じられる作品創造を目指す。


by yukinone_makoto
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舞台上における個々の時間経過

処女公演を終えて、様々な発見があった。
その中でも今後の雪の音の作風に関わる大きな発見だったのが、「舞台上における時間経過に対する個々の体感速度の差」というもの。

今回、剛と玲子という役の“今”への捉え方の違いを際立たせるために、読んでいる台本を剛は1ページずつ手放し、玲子は最初手元に持ち続けているものの最後は一度に手放しその後は剛同様1ページずつ手放してゆく、という視覚的対比を演出として加えました。
それが玲子の止まっていた時間が最後に動き始めるという事の象徴であったのですが、これを自分の知人は「全体で一つの時間軸を構成する個人がいるのでなく、個人の時間経過が個別にありながらゆるい共同体がある」と表現しておりました。

これは舞台ならではの表現手法であると思います。
今後はこれをもう少し深め、観客の体感時間への印象を意図的に、よりコントロールできるような演出に昇華させてゆければ面白いものができるかもしれません。

立川流家元は常々「落語はイリュージョンだ」と言っておりますが、ピーター・ブルックの著書でも「舞台はイリュージョンである」と書かれておりました。
この一致は決して偶然ではないと自分は思います。非常に興味深い事でした。
たしかに、「観客の印象」というものを利用し体感時間すらコントロールしてしまう舞台表現はイリュージョンであると言えるかもしれません。

ちなみに、自分の知り合いの作家の方が今回の公演を観て「志の輔の新作落語を観ている感覚に近かった」と言っておりました。
もしかすると自分の発想の根っこの部分は落語なのかも。

今後の自分の演出の方向性について、少しだけヒントを得られたような気がします。


横山 真
by yukinone_makoto | 2008-01-09 08:36 | つれづれと