演劇家・横山真が己の表現の追求・具現化のために発足したプロデュースユニット。生(LIVE)の表現にこだわり、演者から発せられる音・熱・呼吸・視覚的印象などを五感+αで感じられる作品創造を目指す。


by yukinone_makoto
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<   2012年 05月 ( 9 )   > この月の画像一覧

5/29(火)20:00~22:00 @IQ150スタジオ

【外界への印象】
《天候》
●くもり時々雨
・雨が降ったりやんだり、空気も涼しいんだか湿ってるんだかよくわからない変な感じ
《空間》
・視覚的印象:今日は結構上方へも意識が向いた
・音:外部の音(雨や車の音)の干渉が激しく、かなり声が通りにくい
・その他:じめっというよりは、じとっという感じ

【稽古前の身体状況】
・鼻の奥の辺りがツーンと痛む
・喉がガラガラする
・右膝がぼんやり痛い
・左重心
・首の後ろががちがち

【今日のテーマ】
◆重心など、小節の身体性を強く意識して臨んでみる

【ふりかえり】
今日の稽古では、テーマでも掲げていた通り、小節の身体性についてを強く意識して臨んでみた。

少々風邪気味であったために身体そのものはしんどくはあったものの、だからこそ探れることもあるだろうと思い、強い意志を以て身体への負荷を心掛けつつ臨んでみた。
ちょうど今日自分がやったシーンも台詞より動きがメインのシーンであったので、それをするにはうってつけであった。

が、やはり身体的な不調というものは身体感覚のアンテナの部分までも鈍らせてしまうようで、結局いい感触を得られた、と感じるような瞬間はほとんどなかった。
とはいえ課題は見つかったので、そこから今後の小節との向き合い方へと繋がるであろう発想を見い出してゆけないか、色々と考えてみようかなと思う。

また、これは振り返ってみてから「こうしてみようかな」と思い付いたことなのだが、ひとつの目安として、稽古が終わった時点で汗だくの足がくがくになっているくらいの状態を毎回目指すようにしようかなと思った。
それくらいの負荷を常にかけていくくらいのつもりがないと、たぶんこの役はやれないような気がするからだ。
まあ、そうはいっても徐々に身体が慣れてくるだろうから、続けてゆくためにはいずれ色々と工夫が必要になってくるだろうけれども、それはその時その時で随時対応してゆけるようにして、自分の中では毎回身体の面でも出し切るつもりで稽古へ臨むようにしたい。

【備忘録】
・カイコーと出会うシーン、人がごちゃごちゃし過ぎで美しくない。皆で導線を整理して、お客さんから観ていてもすっきりと観られるような構図にしておきたい。

・どうしても流れるというか輪郭がぼやけてしまう台詞がある。感情は追いついているのだけれども、今の声の出し方と相性があまりよくない音質を持つ台詞であるのが原因なのかも。どうしたら解消できるのか考えてみる。

次回の横山の稽古参加は5/31(木)になります。

【次回(5/31)稽古に向けて】
◆宿題…体調を整える
◆テーマ…身体の隅々まで一切意識を抜かない、抜く瞬間を作らない


横山 真
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by yukinone_makoto | 2012-05-30 23:53 | 稽古場日記
5/27(日)17:00~21:00 @10BOX box-3

【外界への印象】
《天候》
●晴れ
・風もすっきりしていてたぶん数字上の気温よりも涼やかな気がする
《空間》
・視覚的印象:やっぱりどうも距離感が掴みにくい感覚がする
・音:空調の音に声が吸い込まれてしまう感じ
・その他:とにかくむわっとして暑い

【稽古前の身体状況】
・喉がいがいがして変な咳が出る
・首の左側の筋が痛くて、そこが原因か少し頭痛もする
・左腰が張っていて、身体が変に右側へと傾いでしまっている感覚
・腹がきりきり痛む
・鼻が詰まって口呼吸気味に

【今日のテーマ】
◆目の前の存在を、しっかり感じる

【ふりかえり】
今日は稽古時間も長かったこともあり、だいぶ腰を据えての稽古ができた。
まあ、別に気にしていたつもりではなかったのだけれども、やはり限られた時間の中でしかやれない、と思いつつの稽古よりも臨む際の精神的な余裕がまるで違うんだなということが自分でもわかった。

きっと、短い稽古時間の日には短いなりの臨み方で、長い稽古時間の日には長いなりの臨み方で稽古へは挑んでゆくとよいのだろうなと、そんなことを思った今日の稽古だった。
例えば、短い時間の日にはより高い集中力で今の自らの芝居の精度を高めることを主目的に据えて稽古へと臨み、長い時間の日には敢えての失敗も恐れずにとにかく色々と試すことを主目的として稽古に臨む、といったように稽古時間によってスタンスの取り方に変化を加えつつ稽古に取り組んでみることで、より稽古時間の活かし方も拓けてくるのではないかなと、そんなことを思った訳だ。

とはいえ公演までの期間の変化によってそれも流動的になってゆくのだろうけれども、とりあえず当面の間は、そういうスタンスの取り方で臨んでみてもいいかなと思う。
まあ、違うなと思えば改めればいいだけのことだし、やるだけやってみよう。


さて、そんなこんなで今日の稽古。

色々と試してはいるものの、なかなか掴みきれないもどかしさの連続ではあるが、ここが我慢のしどころだということもわかっている。

はっきり言って、今の自分のこの役との向き合い方は周りから見ればかなりじれったく、きっと役作りの定石から見てもだいぶ見当外れのことをやっているように見えるかもしれない。
けれども、自分の中では今回のこのやり方には自信を持って臨んでいるし、不安も全く抱いてはいない。

そもそも、演出である石川さんのオーダーにただ応えるだけ、という関係では、創作の過程でお互いに驚きが生まれないと思うのだ。
ましてや芝居創りの定石のようなもの(そんなものが存在するとも思えないのだが)に沿って稽古し創ってゆく、なんてことを、特に今回のような作品で行っていいのか?という想いも自分の中には強く抱いている。
そんな先の見えているような、どういうものが生まれるのかがある程度保障されているような創作姿勢の中から生まれてきたものを、「震災と真正面から向き合って創りました!」と胸を張って上演できるのだろうか?

自分には、そんなことは絶対に耐えられない。
だからこそ、安易なところへと走りたくはないのだ。

自分自身でもこれからどうなってゆくのかがわからないようなところから次の一歩を踏み出したい。
そして、創作現場では相手役と、演出と、そして本番では相手役と、観客と、それぞれに驚きを相互に与え合えるような関係を築きたい。

それは別に突拍子もないことをやることとは違う。
もっと本質的な部分での驚きを引き出し合いたいのだ。
もしかするとそれはそれぞれの立場の人達が自分自身にすら驚いてしまう瞬間も生まれるくらいのものをやりたいのかもしれない。

途方もないことをやろうとしているのはわかっている。
が、それくらいのところを目指さなければ、今回のような作品に挑む意味がないと思う。
「いい作品」どまりだなんて絶対に嫌だ。


それに、今日のラストで少しだけやってみたけれども、別にテクニカルな部分で対応しようと思えば今すぐにでもそれなりの形(声量や動きなど)の芝居はやれるのだ。
でも、実際にやってみても感じたことなのだが、そのアプローチの仕方では結局のところただただそれっぽいだけになってしまうし、何より横山真という人間でなくてもいいような取替え可能な芝居に仕上がってしまうことが目に見えている。
すぐにこなせるということは、そういうことだと思うし、だからこそ、安易なところでやりたくはないのだ。

これからも生みの苦しみからは逃げることなく、最後まで、自らの信じる道を貫いてゆきたいなと思っている。
もちろん、ただ貫くだけではなく、それをちゃんと形にせねばそれは単なる我儘でしかないのだということは肝に銘じておかねばならないことではあるのだが。

【備忘録】
・石川さんに言われた通り、重心のことを今の10倍以上意識して立つようにする。おそらく意識するだけでは足りないだろうから、メソッドでも何でもいいので身体へ対しても何かしらの働き掛けをおこなってみるようにしてみる。

・新たなシーンの稽古を進めてゆくうちに、以前演出をつけられた小節の居ずまいに少しずつ無理が出てきているように感じる。この変化に身を委ねてみるべきなのか、それとも新たな切り口を見い出すべきなのか、或いは元の居ずまいのままでいられるためにはどうしたらいいのか探ってみるべきなのか、考えてみる。

・ここまでに創ってきたシーンの動きをもう一度整理する。段取りを成立させるための、創り手の都合で動いてしまっている少々意味不明なところがあるので、そこをちゃんと自らの生理に落とし込む作業を行っておく。

次回の稽古は5/29(火)になります。

【次回(5/29)稽古に向けて】
◆宿題…身体のケア
◆テーマ…重心など、小節の身体性を強く意識して臨んでみる


横山 真
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by yukinone_makoto | 2012-05-28 00:06 | 稽古場日記
5/24(木)20:00~22:00 @IQ150スタジオ

【外界への印象】
《天候》
●晴れ時々くもり
・少し風に湿り気が混じっているような感じがした
《空間》
・視覚的印象:ぼんやり広く感じて、距離感が掴みにくい
・音:音が散ってしまうためか、気付くと声の響きを自分の中に引っ込めてしまいそうになる
・その他:床が硬い訳ではないけど、硬質な感触はする

【稽古前の身体状況】
・腰が鈍く痛む
・喉がすっきりせず、変な咳が出る
・首の後ろから肩にかけてが凝り固まっている
・肚が定まってない、ふわふわした感じ
・視野が狭い

【今日のテーマ】
◆身体で反応し、身体で考える

【ふりかえり】
今日は、各役のシーンをある程度掘り下げつつさらってゆく感じの稽古であった。

自分は、襤鏤とのシーンを細かく返しながらもざっと流す感じでの稽古で、石川さんからは、小節という役の核心の部分へとアプローチしてゆくためのヒントをいくつか提示してもらったりもした。
たしかに、今の自分は、ああだこうだと台詞をいじくり回しているだけで、小節という役の核心の部分にはまだほとんど触れられてはいないような気がしている。
だから、台詞を聞いている分には発している言葉一つひとつのイメージもそれなりにはっきりしているし、感情の流れもすっきり整理されていて観易くはあるのだろうな、という実感は持てている。

が、はっきり言って、それだけなのだ。
綺麗に整えられているだけで、横山真という人間がこの役を演じるということに、何も引っ掛かりも存在していない。
小節と呼ばれている役を、それっぽい感じで、まあそうやるよね、という地点で、ただ台詞を読み上げているだけなのだ。

何故、そこまで小節という役と、横山という人間の間に温度差が生まれてしまっているのか。

もしかすると今の自分は、台本に書かれていることに従順すぎるのかもしれない。
もっと目の前にいる存在、例えば今回のシーンであるならば襤鏤役である絵永さんとの間に生まれてくるものに身を委ねてもいいのではないか。
それは行き当たりばったりにやる、ということではないし、もちろん台本の存在を無視するようなこととも違う。
自らの中に抱いている小節という役の存在と、目の前にいる襤鏤という役(であり絵永さんでもある)の存在と、そして手持ちのカードとしての台本に書かれた台詞やト書き、、、これらを駆使して如何に楽しく遊ぶことができるか(まあ、だからといって面白おかしくやる、とは意味が違うが)、ということだ。

しかし今はその比重の中で、台本の存在が大きすぎるように思う。
それはもはや、台本に頼ってしまっている、とも言ってもいい。
それでは台本を離した状態で稽古をしていたって変わらないだろう。

「○○せねばならない」という発想を如何にして手放すことができるか。
そこが今後の課題になってくるのかもしれない。

【備忘録】
・小道具の捌きをちゃんと考える。その物と役の関係についてやこれまでの歴史について、大きなところも細かなところもしっかり具体的にしてゆく。

・小節にとって海とは?そこのところをまだ雰囲気でやってしまっているような気がする。もっと切実なところで身体に反映させてゆかねば後々になって苦労することになると思う。

次回の横山の稽古参加は5/27(日)になります。

【次回(5/27)稽古に向けて】
◆宿題…体調が若干崩れ気味なので、しっかり整える
◆テーマ…目の前の存在を、しっかり感じる


横山 真
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by yukinone_makoto | 2012-05-26 23:50 | 稽古場日記
5/23(水)20:00~22:00 @IQ150スタジオ

【外界への印象】
《天候》
●晴れ
・すっきりはしてるけどそこまでの暖かさは感じない。まあ寒くもないが
《空間》
・視覚的印象:横長な印象があったけれども、よくよく見てみると結構奥行きもあることに気付いた
・音:何かこう、音の輪郭がぼやけるような感じがする
・その他:動くと起こる揺れにたまにびっくりしてしまう

【稽古前の身体状況】
・喉がいがいがする
・呼吸が浅いせいか、声が軽い
・腰が張ってきている
・猫背
・何かこう、色々と緩い

【今日のテーマ】
◆制約の多い中でも、受信を忘れない

【ふりかえり】
今日も昨日に引き続き、台本前半部分を立った状態で稽古。

時間的に2時間ちょいという短時間での稽古であるがために、一回一回の稽古を大切にしてゆかねばなと思うのだが、それがまたなかなか難しいことでもある。

石川さんからの新たな要求に対して一発で応えられるくらいの強い集中力で以て臨むように心がけているのではあるが、その想いだけではどうにもならない部分というのも確実にあって、だからこそ、強い想いと同時にフラットな目線で物事を捉えることのできるような冷静な判断力も備えているような、いわゆる「頭寒足熱」の状態で臨めるように準備せねばならないなと思う。

そういう意味で今日の稽古は、あまりその準備が足りなかったのではないかなという風に実感している。
想いばかりが先行し、「だったらどうすればいいのか」という視点が欠けていたように思う。
たしかに自分が今言われていることは難しい要求ではあると思うけれども、しかし、今は稽古なのだから色々とタブーを設けず試し失敗してみればいいのに自らの演劇観にとらわれて、思い切った失敗ではなく自分の想像の範囲内で収められてしまうような腰の引けた失敗しかできないような探り方しかできなかった。

ただしこれは別に失敗することが大事だという訳ではなくて、失敗しても(自分が)最小限の怪我で済むような挑み方しかできなかったその姿勢の方に問題があるということだ。
稽古場という失敗してもいい場所でやっているのに、自らの見栄にこだわって失敗の仕方にまで気を回してしまっていることが問題だと、そういう訳だ。

だから稽古を返した時にも、Aをやってみてそれとは違うものを求められた時にBではなくA’しか提示ができない状態になっていたのだと思う。
そうやって、失敗した時に被る自らの傷口を最小限に抑えようとしてしまっていたのだ。
まあ、実際にはそれで傷口が最小限で済んでいるのかどうかは分からないし、その傷口だって創作に関わる部分のものではなく、自らの世間体とかプライドとかそういう極々個人的な部分での傷口でしかない訳で、そんなことで創作の足を引っ張ってしまうことの方を、本来は恥ずべきなのだ。

人と一緒に創作しているのだから、そういう自分のことにばかりとらわれて人との向き合いを怠ってしまっていることをこそ、恐れるべきだと思う。
きっと、自分はこの創作の場において今何を優先すべきなのか、そこについて今一度見つめ直し考えてみる必要があるだろう。

【備忘録】

・小節の第一声について。たぶん、登場までに小節が歩んできた道程などをもっと具体的にしてゆく作業、そしてこれまでの小節の人生についてを具体的にしてゆく作業を引き続き行ってゆくことは必須ではあるのだけれども、それと同時に、小節の身体にひとつ何かしらの負荷を加えてみるようなアプローチも必要なのかもしれないなと思った。それは生来持っている身体的特徴でもいいし、何かしらの独特な癖でもよくて、とにかく身体からの仕掛けもなければ石川さんの要求している声は出せないような気がする。但し気を付けなければならないのは決して形だけにならないこと。たとえ身体からの仕掛けであっても、ちゃんとそこに必然を込めることが肝要。

・舞台上での動きを整理する。襤褸とのシーンは今日初めて立ってやった訳だから動きがごちゃごちゃになってしまうのはまあ仕方ない。しかし一度経験した以上、あの状況でどうしたらより見易くできるだろうか、という点についても自分なりに思いを馳せておくことはとても大切なことだと思う。もちろん舞台上に立ったなら目の前の状況に全力で向き合って生きてゆくことが最優先になるのだけれども、しかしそれでも予め想定し、ちゃんと考慮に入れているのかどうかということは、最終的な作品に仕上がった時にはかなりの差となって表れることだと思うので、決して疎かにはしないようにしたい。

・小節の居ずまいについて。まだ身体に落とし込みきれていない、何かの真似をしているような、借り物の居ずまいでしかない状態だと思う。ただ、進むべきベクトルは大外れしている訳ではないと思うので、今感じている違和感のようなものを、一つひとつ明確にし、確実に潰してゆく作業を地道に今は続けてゆこうかと思う。

次回の稽古は5/24(木)になります。

【次回(5/24)稽古に向けて】
◆宿題…今日の稽古で見えてきた舞台上での動きで気を付けるべき箇所の整理
◆テーマ…身体で反応し、身体で考える


横山 真
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by yukinone_makoto | 2012-05-24 13:19 | 稽古場日記
5/22(火)20:00~22:00 @IQ150スタジオ

【外界への印象】
《天候》
●雨
・冬に逆戻りしたかのような肌寒さ
《空間》
・視覚的印象:タッパがあるとやっぱり広く感じる
・音:雨音もさることながら、声の響き方が独特で聞きにくい声とそうでない声に分かれるなという印象
・その他:雨の割には空気はあまり湿っている印象がなかった

【稽古前の身体状況】
・左腰が張っている
・ぼんやりと頭痛がする
・古傷の左足でなく、何故か反対の右足首がじんわりと痛む
・重心が胸の辺りなんじゃないかというくらい高い
・後方への意識が薄い気がする

【今日のテーマ】
◆自分の身体に嘘をつかない

【ふりかえり】
今日、早くもというか試しにというか、立ちながらの稽古となった。
まあ、台本は手に持った状態で構わないから、という半立ちの状態での稽古だった訳だが。

この段階で身体で役を探ることができるようになったというのは、自分としてはかなり有り難いことだ。

もちろん読み稽古の重要性についても重々認識しているつもりなのだけれども、しかし今回の場合は一度中断を挟んでいることもあって役に対する距離感が自分の中で変に固定されてしまっていたので、座った状態で読む、というアプローチから変化を加えることができるのはとても視野が拓けるものであったのだ。

自分としては、この好機ともいうべき変化を最大限に活かすため、早速台本を離した状態で立ち稽古に臨んだ。
まあ、自分の役がさほど台詞の分量も多くなく、どちらかといえば存在そのもので勝負せねばならない役であるために可能であったともいえる訳なのだが(とはいいつつも、もし台詞の分量が多い役であったとしてもこのタイミングで台本を離せるような準備はしていたと思うが)。

やはり自分は、台本を離してからが勝負の俳優なんだなということを改めて実感した。
一回毎の稽古の返しの度に得られる発見量がこれまでの読みの時の比ではないからだ。

お陰で石川さんからの要求もかなり具体的なものとなってきていて、稽古4日目としてはまずまずの状態で役と作品とに向き合えているのではないかと思う。
特に目線に関する演出にまで言及してもらえたことは、今後小節を探ってゆく上でかなりの大きな収穫となれたと思っていて、これは台本を離したからこそ、そこまで至ることができた訳だ。

試せる時間と機会は多いに越したことはないのだから、この調子で今後も先手先手で攻めてゆけるようにしたい。

【備忘録】

・今日受けた小節の居ずまいや目線についての演出を、しっかりと自らの生理に落とし込む。言われた形をなぞるのではなく、小節という人間がこれまで生きてきた結果が今日つけられた演出の形になった、とせねばならない。これは前回の稽古場日記で触れた声についても同様で、今日の感じではまだ足りない。声量自体も、その声量になった理由の具体性も、説得力も。

・小節の動きについてをよく考えておく。普段の居ずまいがかなり特殊なだけに、それが外れた時にどのような変化が起こるのか。変わる部分と変わらない部分、また変化するのはどういう時か、誰に対してか、それらについてを一つひとつ明確にしてゆく。

・日頃の身体の鍛え方に工夫を加えようと思う。とりあえず下半身は今まで以上にしっかり鍛えてどっしりとした身体を強く支える土台を築くようにし、上半身の方は腹筋までは入念に鍛えるとして、それより上は細い筋肉をつけられるようなトレーニング(持久系)を重視して行うことを心がけるようにする。これは小節のイメージに自らの身体を近付けるためのもので、露出する部位は細く、衣装で隠れる部位は実用性重視で、という筋肉のつけ方を目指してみようかと。

・小節という役の衣装というか小道具の捌きについても考えておく。かなり特殊なものなので普段要求されないような神経を使わねばならないであろうから、徹底的に想定しなければならないだろうし、なるべく早めに仮のものでも用意して稽古で使うようにする。

次回の稽古は5/23(水)になります。

【次回(5/23)稽古に向けて】
◆宿題…今日受けた演出を、自らの生理に落とし込む+台詞を完璧に入れる
◆テーマ…制約の多い中でも、受信を忘れない


横山 真
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by yukinone_makoto | 2012-05-23 01:51 | 稽古場日記
5/20(日)17:00~20:00 @10BOX box-3

【外界への印象】
《天候》
●晴れ
・風も少なく、穏やか
《空間》
・視覚的印象:何故かいつもよりも暗く感じた
・音:空調の音が大きくて、だいぶ気になってしまった
・その他:空気が硬いような感じがした

【稽古前の身体状況】
・肩甲骨が貼り付いているんじゃないかと思うくらいに、固い
・少し頭痛がする
・下半身に安定感がない
・呼吸が浅い
・腰が重い

【今日のテーマ】
◆一つひとつを丁寧に

【ふりかえり】
今日の稽古では『方丈の海』を最初から最後まで通しで読んでみた。

やはり通してみて初めて気付くことというのは沢山あるのだということを強く実感した。

特に今回の通しで大きかった点は、この『方丈の海』の稽古の初期の頃に石川さんに言われた「今回の公演の横山のテーマは“芝居をしない”だ」という言葉がどういうことなのかについてを、自らの身体に落とし込むための足がかりを見出せたことだ。
「芝居をしない」とは言っても、これが演劇である以上、芝居せざるを得ないのは石川さんも分かった上で言っている言葉だというのは百も承知ではあったのだが、まだその言葉の意味するところをなんとなくのニュアンス以上にはとらえきれてはおらず、これまでは探り探りの状態での稽古であった。
そのため必要以上に自らの演技が小さくなってしまっていたのも重々理解していたことであり、16日からの稽古再開後は、そこから先の、次のステップへと進むための“何か”を如何に早い段階で見い出せるかが勝負なのだと思ってもいた。

なので、今日のこの通し読みでそこに光明を見い出すことができたのはかなりの大きな収穫であった。

ではどのようにしてその気付きに至ったのか、というと、これも通し読みをやりながら浮かんできた「こうしてみよう」に従った結果であって、決して最初から「こういうアプローチで探ってみよう」みたいな風に考えていた訳ではなかった。

正直言って、通し読みの途中まではこれまでの稽古の延長線上で役との向き合いに取り組んでいた。
がしかし、途中で「このまま流れに任せていては最後のシーンの小節の台詞には繋がらない」という実感があったため、それに気付いてからは少し自分に無理をさせてみるように心がけて読みを行ってゆくようにした。

それはどういうことかというと、それを感じ始めていた中盤辺りから、自分なりの「芝居をする・しない」の境目ぎりぎりのラインを狙って読むようにし、そしてラストのシーンでの小節の台詞は過剰気味(それは横山真としてではなく、小節として)に読んでみるようにしてみたのだ。
結果、石川さんには「最後のあの台詞のテンションはいい」と言われたので、そこで、自分の中での「芝居をする・しない」ラインの引き方と石川さんの求めていたもののズレを明らかにすることができたし、今度はそこから小節という役を発想してゆけばいいなと、そういう思考回路に切り替えることができた。

まあ、このアプローチの仕方がいい方向に作用するかどうかは実際にやってみないと分からないとは思うのだけれども、ただ、ひとつ足がかりができたことで、強く動くことができるようになったことがとても大事なことなんだと思う。
強く動いてみることで、きっと状況も大きく変化してゆくのだから、あとはその変化の中で然るべき手を打ち続けてゆけばいいのだから。


また、今日の石川さんから言われた「もう少し声を大きくして欲しい」という要求に対しては、そのまま単純に声を大きくしてしまうことだけは絶対に避けなければならないなと思っている。
や、自分としては単純に発声的なアプローチを用いて今の芝居を崩すことなく声量を上げるようなことは全く苦もなくやれるのだけれども、たぶんそれが「芝居をする」ということに繋がるのかもしれないなと、そう思うからである。

声を大きくするためには、小節という役に何か声が大きくなるための要素を足さねばならなくて、その声量であることに必然性を持たせなければならず、きっとそれが、石川さんの言っていた「芝居をしない」ということにも繋がってくるのではないか。
「自らの身体に嘘をつかせない」、これをしっかりと心がけて小節という役へと向き合ってゆくようにしようと思う。

【その他気になったことなど】

・会話の時とモノローグの時、そして襤褸とのシーンの時とでそれぞれどう変化をつけるか。何が変化すると面白いのか。身体?声?そもそも変化の必要はあるのか。そこのところを突き詰めて考えてみる。

・会話の中心にはいないけれども舞台上には存在している時の在り方について。


次回の稽古は5/22(火)になります。

【次回(5/22)稽古に向けて】
◆宿題…訛りについてを扱っている書籍などを探してみる
◆テーマ…自らの身体に嘘をつかせない


横山 真
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by yukinone_makoto | 2012-05-21 00:04 | 稽古場日記
5/16(水)13:30~16:00 @10BOX box-3

【外界への印象】
《天候》
●晴れ
・やや風が強かったものの、めちゃくちゃ気持ちいい
《空間》
・視覚的印象:やっぱり少しのっぺりしているような印象で、距離感が掴みにくい
・音:ちょっと他の部屋の音がうるさ過ぎて、素直には音が聞けなかった
・その他:開始前にドアを開放していたためか、空気が動いているような感じがした

【稽古前の身体状況】
・身体が左側へやや傾いでいる
・首から肩甲骨の辺りまでがかなりがちがちに固い
・呼吸がふわふわしていて、定まりきってない
・身体のリズムが、妙にゆったりしている
・顎周りが固く、気付くと歯を食いしばってしまっている

【今日のテーマ】
◆会話を、する

【ふりかえり】
稽古再開して2日目の稽古。
今日はそれぞれの役の導入部分を軽く返しつつ、そこへ石川さんの考えなどを話しつつ、という形での進行であった。

やはり戯曲を最後まで読んだ上で序盤部分を返してみると、これまでの稽古でやってきた感覚とはだいぶ変化しているように感じた。
それはたぶん、役が更新されていっている証拠なんだと思う。
意図的に何かを変えようとして変えたという訳ではなく、役に関する情報が増えた結果、自然と変化が生まれてきた、ということだ。
この変化は、今後役と向き合ってゆく中で気付かぬうちに余計な装飾を身に纏ってしまったりした時どこへ立ち戻るべきなのか、それを思い出させてくれるヒントになるかもしれないなと、そんな気がしている。
なので今日の稽古の中で自らがどう変化し人との距離感もどう変化していたのか、それらを一つひとつ整理し、そして忘れないようしっかりと己の身体に刻み込んでおくようにしたい。


【本日の稽古で気付いたこと、反省点】

・2日間の稽古休み中の取り組みによって訛りは前回よりは遥かにマシになったとは思う。が、まだまだ借り物の感は拭えない。訛ろうと意識しなければ話せないのは相変わらずだし、自信がなくなるとすぐにごにょごにょした感じのあやふやな言い回しにして誤魔化そうとしてしまう傾向がある。もっと一つひとつの台詞を丁寧に、そして言い方だけにならぬよう「何故この言葉を発しようと思ったのか」についてもっと繊細になってみることを心掛けてゆく。

・小節の常軌を逸した「執着」や「執念」について、身体からと心からとイメージから、それぞれの視点からのアプローチでとことん突き詰めて考えてみる。10年という時間の蓄積をどう身体へと反映させてゆくのか。10年前のあの日以前の小節はどうであったのか。小節にとって、思い出とはどういうものなのか。など。

・襤褸とのやり取りへ、どのような在り方で臨むか。石川さんの「ここは変化を」という指示を、どう自分の中で消化してゆくか。変化、という変化の仕方では何も残らない。そこに具体性を盛り込まねば。(作品の内容に言及せねばならないため、これについての具体的な案はここでは伏せておきます)

・これは当たり前のことではあるのだが、特に今回の小節という役は、一瞬でも気を抜けば即立て直しの利かないような状態にまで崩れてしまう繊細な役だ。一つひとつの言葉、一つひとつの行動にいちいち気を入れながら、「なんとなく」でやってしまう瞬間をとにかく潰してゆくよう心掛ける。


次回の稽古は5/20(日)になります。

【次回(5/20)稽古に向けて】
◆宿題…襤褸とのやり取りにおける変化について、いくつか考え、試してみる
◆テーマ…一つひとつを丁寧に


横山 真
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by yukinone_makoto | 2012-05-20 14:49 | 稽古場日記
5/16(水)20:00~22:00 @10BOX box-3

【外界への印象】
《天候》
●くもり
・風、というか、空気そのものが生暖かい
《空間》
・視覚的印象:何かのっぺりとした印象
・音:案外、屋外の音も聞こえてくるものかと気付いた
・その他:湿気が高くて、じっとり暑い

【稽古前の身体状況】
・右はそうではないけど、左肩から先が固い
・首の付け根あたりがギシギシいってる感じ
・腰が張ってる
・肚が弛い
・下半身が安定しきれていない

【今日のテーマ】
◆台詞を丁寧に受けとり、軽やかに手放す

【ふりかえり】
約2ヶ月ぶりに『方丈の海』の稽古が再開した。

本日は再開初日ということで、中断前から新たに追加された残りのシーンを読んでみて、その後は今後の公演へ向けてのスケジュール等々のアナウンス及び仕事分担の確認などで終わらせる形となった。

一時はどうなることかと思ったが、こうして皆で創作へと向き合える環境が再び訪れたことを、心の底から感謝したいし、それだけに、これまで以上に強い想いを持ってこれからの稽古へ臨んでゆきたい。


さて、本日の読み、かなり自分の中では中断前から変化があったように感じた。

それはたぶんトレーニング稽古での経験も大きいと思う。
もうひとつ俳優としての身体になりきれていなかった自分が、あの発表会を行ってゆく中で、舞台上での居方や身体感覚、そしてなにより演技勘のようなものを思い出せた実感があったのだ。
あの発表会自体ではそれをそこまで反映させることはできなかったが(というよりも、やりながら取り戻してきているような感覚だったので)、確実に身体が変化しているなと、今日の稽古前のアップ時や読み合わせの時にいちいち実感させられるような瞬間がいくつもあった。
そういう意味でも、あのトレーニング稽古は参加して本当によかったなと思う。

また、5月に入ってからの様々な経験もかなり影響しているなと自分では思っていて、例えば自分が企画していた『土路生さんの戯曲を読む会』にて自分が10年まえに出演したことのある二人芝居『山椒魚』をガチンコで読んでみたことも自分の身体へかなりの変化を与えた一因だなと思ったし、また、青年座とマームというこれまでの自分が俳優として育ってきたところ(しかも好対照な2団体)の作品を観に行ったこともかなりいい影響を与えられたのではないかと思っている。
また、自分の最も親しい友人とじっくり語り合えたことも気持ちの面ではかなり大きな力となっていて、精神的にも今、非常にいい状態であるなという自覚はある。
多少無理をしてでもこの稽古を中断している期間を利用して東京へ行ってよかったなと、つくづく思った。


まあ、状態としてはそういったいい状態ではあったものの、もちろん実際に読み合わせてみて残った反省も沢山ある。

まず、方言が全く身体に馴染んでいない、ということ。
そのためそこへばかりに意識が割かれてしまって感情のダイナミズムが生まれにくくなっている。
たぶん、ただ闇雲に方言について調べたりするよりも、その調べる方法をもう少し工夫してみる必要があるのかもしれない。
でないと、「こっちがよくなったけどあっちが駄目だ」とか「こっちがよくなったと思ったら前よくなったとこが元に戻った」とか、そういうもぐら叩き状態に陥ってしまう危険があるからだ。
そういう場当たり的なアプローチは、いくら本番までの時間がまだ3ヶ月以上あるとしても極力避けたいなと思う。
時間はあるようでも取り組まねばならないことは沢山あり、決して悠長に構えていられるような時間はないのだから。

そして2点目の反省としては、切実さが絶対的に足りなさ過ぎる、という点。
初読だから仕方のない部分もあるとはいえ、それを差し引いても雰囲気に頼り過ぎていて中身がすかすかなままで言葉を発せてしまっている自分のこの台詞に対する不誠実さには苛立ちを隠せなかった。
役としての身体のあり方については少し見えてきたような気がしているし、声、についても手掛かりが掴めてきたようないい手応えを感じてきているのだけれども、だからこそ、何故それを活かそうとしないのか、もっと言うと、何故そこまでの実感を伴ってきているのに、紋切り型の言葉の処理(そう、あれは処理だった。血が通ってなかった)の仕方で済ませてしまったのか。
初読だから今回の読みは犠牲にし、とにかくテンポ重視で場の進行のスムーズさを優先したのか?
だとしたら随分と創作というものを舐めているんじゃないか。
場の進行みたいなものに気を遣ったとして、これからの創作に繋がる何かが得られるのか?そもそも、そんなことを気にするべき立場なのか俺は?
今の自分が小節という役と向き合うにあたって何が必要なのか、そこじゃないのか?重視すべきポイントは。


なんというか、稽古期間が長いからといって余裕をぶっこき過ぎだと思う。
しかし重視すべきは、長いとか短いとかではなくその決められた期間をどう利用すれば最大限の成果を上げられるか、じゃないか。
だとしたら余裕などぶっこいている暇はないはずだ。
だからといって別に気負う必要は全くないと思うが、少なくとも「長い」とか「短い」とかそういうものさしで発想するのはなしにして、「この期間を最大限活かすためにはどう過ごすといいのか」というところから発想してゆくようにしたい。


次回の稽古は5/19(土)になります。

【次回(5/19)稽古に向けて】
◆宿題…台詞の一個一個に方言を当てはめて、音で捉えながら色々遊んでみる
◆テーマ…会話を、する


横山 真
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by yukinone_makoto | 2012-05-18 15:08 | 稽古場日記
4/30(月)13:00~17:00(発表会15:00~) @10BOX box-3

【外界への印象】
《天候》
●くもり
・風が程よく気持ちいいくらいの冷たさ
《空間》
・視覚的印象:ドアを開放していたのを見ていたためか、閉めてからも何故か前より部屋が明るく感じた
・音:小さい声も結構通るんだなということに気付いた
・その他:人が入ることで「あれ?ここって結構広いのかも」って感じた

【稽古前の身体状況】
・前日のイベントの影響で、声帯は荒れている
・とにかく身体全体がずんっと重い
・しかし重心は高いように感じる
・テンションがおかしい、妙に陽気な気分
・肩、股関節、首の、それぞれの付け根の部分がガチガチに固い

【今日のテーマ】
◆身体で動き、応ずる

【ふりかえり】
本日は、『遥かなり甲子園』の発表会。
ただでさえ稽古日数が少なかった上に、自分の場合はスケジュールの関係でこの前日の稽古へは参加できなかったため、正直に言えばかなりの不安を胸に抱いた状態で迎えた発表会であった。

が、そうは言ってもこういう日程であることは変えられない訳なのだから、その決まっていることの中でやれることをただただ全力でやってゆくだけだなと、そう割り切って臨むこととした。

そんな状況で迎えた発表会前の最後の合わせ。
両チーム共にあと1回ずつしか、しかも通しだけで返し稽古はできないということもあって、27日の稽古の際に残った自らの課題をどう解消してゆくか、がここでの一番の難題であった。

はっきりいって細かい調整をしている暇はない。
そこで、この最後の合わせでは、その27日の稽古で残った自らの問題点(A:相手役との距離感がやや遠い、B:周りと同調し過ぎている)とは真逆のベクトルへ極端に振り切って(A:とことん絡んでいく、B:思い切り距離をとってとことん拒絶してみる)臨んでみることで、この2つの経験を元にしてちょうどよい匙加減を浮き上がらせてみようとしてみた。

結果、この判断はいい方向へと転がってくれたかなと。

Aチームの方では他の役とより突っ込んだ関係性を築くことが可能であるなという手応えを得ることができたし、Bチームの方では拒絶だけでは自分の役が最後で爆発させるだけのフラストレーションには到達できないんだなということを確認できた。
もちろん、100%とはとても言い難い状態ではあったのだが、しかし、この今の与えられた状況下の中では最大限の成果をあげることができたのではないかと思う。


さて、そして迎えた発表会。

やはりお客さんがいるのといないのとでは全然違うなというのが一番の感想。

思いもかけないところでの反応が演者側の気付きを促してくれるため、こちらも思いもかけない行動をとることができるようになったりと、面白さの相乗効果というか笑いの循環を生み出すことができるのが、このコメディの醍醐味なのだなということを再確認させてもらえた。

そう、自分は長らくこの呼吸を忘れてしまっていた。
このお客さんとの呼吸のやり取りの楽しさや、難しさを。

たぶん、今回のこのトレーニング稽古で個人的に一番よかったことは、上演テキストが「コメディ」であったことだと思う。
元々自分はコメディには相当の苦手意識とコンプレックスを持っていたので、このトレーニング稽古期間中も途中まではかなり精神的にしんどかったのだけれども、終盤にきてだいぶ吹っ切れてきたためか、難しさやしんどさはあるものの、それすらも楽しめる心持ちで芝居へと臨むことができるようになっていた。

特にこの発表会当日は、この前日に東京の二子玉川で行ってきたアートイベントの中でも自らの心を開くためのきっかけとなる経験を得られたこともあってか、ほとんど気負いもなく臨むことができた。
お客さんの前でこんなにも肩の力を抜いて立つことができたのはいつぶりだろうか、、、というくらいに、リラックスした状態で板の上にいられた。


そのお陰で、自らの俳優としての足りない部分がだいぶ具体的に見えてくるようになった。
これまで誤魔化していたり、見ないようにしていた部分と、いいとか悪いとかそういうフィルターを通すことなく単なる事実として冷静に向き合えるようになれたのだ。

例えば身体のコントロールやキレなどは、今回の発表会でも全く以てお話にならないくらいに使えていなかったし、かなり不用意な動きが多かった。
芝居において、動きにノイズが混じってもいいとは思うのだが、それは役に必要な身体性が備わった上でのノイズであるからこそ生きてくる訳で、役の身体としてはまだ不十分な状態であった今回、それはほとんど有効に機能はしていなかったのではないかと思う。

まあ、他にも役の年齢のことや方言のことなど、他にも突っ込もうと思えばいくらでも突っ込むことができたと思うし、作品としては石川さんも仰っていたように「雑」であったと思う。
それは稽古日数の少なさとも無関係ではないとは思うが、それは承知の上で臨んでいる以上は言い訳にしかならない。

が、自分としては、今回、それらの要素を後回しにしてでも優先したいことがあった。
そしてそれが、この“トレーニング”稽古だからこそ思い切ってやれることであったと思う。

その優先したいこととは何かというと「役を力業でねじ伏せ、自分のものにする」ということ。
そうすることによって、これまでとは違った、自らの役に対するアプローチを探ってみようと思ったのだ。

正直に言って、この発想で役と向き合うことは、自分は好きではない。
むしろこういう「役を自分に引き寄せる」ようなアプローチは大嫌いである。

が、そういうアプローチだからこそできることというのもあると思うし、そもそも、そんなに役を自分に引き寄せることが悪いことなのか?ということを実際に試してみることで、身を以て確認したかったのだ。

それは結果としてどうだったのか、というと、「やっぱり自分には合わないやり方だな」という実感が一番大きな感想だったのだけれども、それとは別のところでは、「合わなかったけれども、必要な部分もあるかも」という実感も同時に得られたのだった。

繊細に、丁寧に役と向き合って、確かな土台を築いてゆくこともたしかに必要なことなのだけれども、時には多少無茶をして力業や勢いで役に対して仕掛けてゆくこともありだなと、いやむしろ、そうしてみることで思いもしなかったような役の一面も見えて、役の深みが増してくるんじゃないかという風にも考えられるなと、思った訳だ。

そして、合わないとはいえ、このアプローチでも自分は役と向き合えるんだなということが分かったことも大きかったなと思う。
元々、これまでの自分のやり方だけではもう頭打ちというか、より上を目指すには自分の役との向き合い方をバージョンアップさせる必要があるなと感じていたので、今回のこの経験は、そのきっかけに利用できるかもしれない。
単純に、ひとつのやり方で行き詰った時に別領域からも攻めることができるというのは、停滞を生むリスクを減らすことに繋がりもする訳で、これはとても心強い。


まあ、何はともあれ、このトレーニング稽古を経て、自らの俳優としての現状を色々と炙り出すことができた。

この結果を生かして、『方丈の海』の稽古再開までにやれることをやった上で臨みたいなと、そう思っている。


次回の稽古(『方丈の海』稽古再開)は5/16(水)になります。

【『方丈の海』稽古再開(5/16)に向けて】
◆宿題…方言の研究と、身体訓練(小節の身体性を強く意識して)
◆テーマ…台詞を丁寧に受けとり、軽やかに手放す


横山 真
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by yukinone_makoto | 2012-05-02 15:51 | 稽古場日記