演劇家・横山真が己の表現の追求・具現化のために発足したプロデュースユニット。生(LIVE)の表現にこだわり、演者から発せられる音・熱・呼吸・視覚的印象などを五感+αで感じられる作品創造を目指す。


by yukinone_makoto
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諸々の事情により、『方丈の海』の上演時期が延期となりました。

ただ、自分は仙台に来ると決断した時点でもう肚は決めていたので、
どのような状況になろうとも最後までやり遂げる覚悟でいます。


公演を楽しみにしていた方々には
更に待たせることになってしまって本当に申し訳ありません。

が、この公演を観終わった後、
「待っただけの価値はあった」と思えるような作品に
仕上げてみせますので、どうかもう少しだけ、お待ち下さいませ。


なお、上演時期については、
詳細が確定次第、当ブログの公演情報の記事を更新、
という形でお知らせ致しますね。
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by yukinone_makoto | 2012-03-16 12:07 | 主宰より
3/6(火)20:00~22:30 @IQ150稽古場

【外界への印象】
《天候》
●晴れ
・寒さの質が変わってきた?
《空間》
・視覚的印象:一度経験したためか、前よりも空間を把握できている気がした
・音:場所によって残響が気になる位置もあるんだなって気付いた
・その他:結構雑然としているはずなのに、何故かすっきりしているように感じる

【稽古前の身体状況】
・首周りが猛烈に凝り固まっている
・膝がギシギシいってる感じでちょっと痛む
・腰が張ってきている
・肚が座ってきているけれども、もうちょい落ち着いて欲しいなっていう感じ
・頬骨周りが少し固い

【今日のテーマ】
◆内側のせめぎ合い

【ふりかえり】
今日は、諸事情により石川さん始め数名が稽古へ来れなくなってしまったため、参加できたメンバーでの自主稽古、という形になった。
進行も、読み合わせ→軽くふりかえり→読み合わせ、というシンプルな内容で、それぞれの課題の洗い出しなどを各々で行った訳だ。


自分はというと、まだどうしても方言が身体で掴みきれておらず、ニュアンスでやろうとしてしまう部分が多いなと度々感じてしまう状態であった。
イントネーションや言葉の崩し方の傾向のようなものはだいぶ見えてきたような気がするのだけれども、それらと台詞とのすり合わせがもうひとつうまくいかないのだ。

ただ、こればっかりはもう、数をこなして身体に染み込ませるしかないのかなと思う。
何も考えずに、それが自然に滲み出てくるような状態にまで自らの身体を変容させてゆく。
そのためにできることをとことん考え、まずは日常の習慣を変えるところから始めてみようかと。


さて、その他にも読み合わせてみて色々と浮かび上がってきた課題は多いので、備忘録としてメモしておきたいことも含め以下に記しておく。

・この稽古の前に近作の上演会場である卸町イベント倉庫へ、会場の外から見ただけだが行ってきた。ちゃんと自分の目で、どの程度の規模の会場であるのかを確認したかったためなのだが、やはりそうしてよかったなと思った。外から見ただけながら、自らの想像とのズレを確認できたため、僅かながら想定し易くなったのだ。まあ、音の反響や空間の質感などのように実際に中からも確認しなければ分からないことは多いため、中に入っての下見は必須だとは思うが。

・それに関連することだが、大体の会場のサイズを確認してみてこれまで想定していた声の出し方ではたぶん通用しないなと推測されたので、その点についての対策を考えねばならないなと思った。もちろん、小節という役の持つ質感があった上での対策でなければ意味がないので、小節の特性をうまく利用した声の出し方を今後は探ってゆきたい。気をつけるべきは、「小節の特性を殺さないように」ではなく「小節の特性を利用して」でなければクリエイティブにはなってゆかない、という点だ。前のめりでの役との関わり方を忘れずに。

・まだまだ集中が足りない。散漫。小節の執着具合を甘く見過ぎている。力みゃあいいってもんじゃない。閉じりゃあいいってもんでもない。絶望を抱えながらも、世界とは繋がっているんだ。諦めてはいないんだ。決して俗世を捨てたり、悟ったりしている訳ではない、ということを心得て向き合ってゆかねば、ただ表面をなぞるだけだ。

・小節の台詞の中には結構土地の名前や風景の描写を語っているような言葉が多くあるが、今の自分の発している言葉(というよりも、音)はどれものっぺりとしている。その一つひとつが違うんだ。その一つひとつの場所で、小節は全力だったんだ。とてもじゃないがなんとなくでは語れないはず。


次回の稽古は3/8(木)になります。

【次回(3/8)稽古に向けて】
◆宿題…身体のケア(少し不調気味になってきているため)
◆テーマ…没頭


横山 真
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by yukinone_makoto | 2012-03-08 14:52 | 稽古場日記
3/4(日)13:00~16:00 @瀧澤寺・観音堂

【外界への印象】
《天候》
●晴れ
・陽射しが柔らかいせいか音まで柔らかく感じた
《空間》
・視覚的印象:襖も閉めていて外が見えないのに、圧迫感はない
・音:響き過ぎず吸収し過ぎず、すっきり声が通る
・その他:不思議と落ち着く感じ

【稽古前の身体状況】
・猫背気味な感覚
・首周りにロックがかかっている
・少し肚が浮き気味
・顎周りが固い
・身体がやや右側に傾いでいる

【今日のテーマ】
◆言葉を振り切る(速度ではないところで)

【ふりかえり】
前回の稽古時にさっぱりだった宮城弁。
その克服のため、今回の稽古に臨むまでにとにかく色んな媒体を駆使して聞きまくっていたのだが、どうもそれが変な色を台詞に付けてしまっていたようだ。

但しまあ、その反面、身体に方言の持つ独特の質というか性質のようなものが染み付いてきているようで、変に意識的に方言っぽく話そうとしなくてもある程度はそのニュアンスが滲み出てくるようになっていたのは結果的にではあるけれどもよい傾向である、とも捉えられる気がする。
まあ、重要なのはそれをどこまで自覚し、利用できるか、ということになってくるのだろうとは思うのだが。

たぶん、うまく乗りこなせれば(ただ、もっと突き詰めて研究はしてゆく必要はあるけれども)、またそこから新たな発見に結びつくかもしれないとも思っていて、普段自分達が使っている言葉とは違った言葉を用いて役や作品と向き合うことによって、普段の言葉遣いで行ってきた創作の時とは違った向き合い方を見出せるかもしれない。
もしそんな発見に出会うことができたなら、それは創作の際の選択肢が拡がる訳で、選択肢が拡がるということはつまり今後の俳優としての活動を続けてゆくにあたって非常に強力な武器を手に入れることになる訳だ。
なので、徹底してこの方言とは向き合ってゆきたいなと思う。


小節という役については、今回の読みでだいぶ定めるべき照準は定まってきつつあるなと思っている。
が、自分の俳優としての特性を考えると、もう少しその照準に迷いを持たせたままにしておいてもいいのかもしれないなとも思っていて、それはどういうことかというと、今のままその定まりつつある照準をすんなり合わせにいってしまうと、後々必要になってくるであろう小節という役の意外な一面を見出しにくくしてしまうような気がしているためである。

まだまだ稽古は始まったばかりなのだし、「役を固める」なんてことはあまりにも馬鹿げた話だ。
それならば、もっともっと沢山の失敗を重ねてみたり、恥をかいていったりする中でしか見出せないものを探ってみることも必要なことだと思うのだ。
それが、3ヶ月間という長い稽古期間の現場だからこそできるアプローチなのだと思っている。
なので、これがもし1ヶ月間とか数週間しかないような現場であるならば、また違ったアプローチの仕方で稽古には臨んでいた。
ただ、それでも一度創り上げてきたものを崩す、という作業は創作において必須のことだとは思っているので、どの稽古スパンであっても踏まねばならない手順のようなものは押さえていなければ、どんなに稽古期間が長かろうが役は骨抜きになってしまうと思う。
案外、稽古期間が短い時の方が瞬発力だけで勝負できるので濃密な集中力を以てその必要とされる手順を強い力と意志で確実に踏んでゆくことができ易かったりもする。
逆に、長い稽古期間であるがためになあなあになってしまって踏むべき手順を踏めずに、或いは踏んでいても中途半端に踏んでいるだけで土台の脆い役や作品にしか仕上がらないような時も沢山ある。

では、どうするとそのような中途半端な結果を生まずに済ますことができるのだろうか。
その答えは今の自分にははっきりとは分からない。
これだけ長い稽古期間の現場というのは、一度だけしか経験していないからだ。

が、その少ない経験の中でもひとつだけ言えることがあって、それは、短い稽古期間でやっていることをただそのまま引き伸ばしたりしても、それは有効であるとは言えない、ということ。
やはり長い稽古期間の時には、長い期間なりのアプローチの仕方、ペース配分があるのだ。

や、とはいっても長い稽古期間に耐えられるよう体力を温存しろ、とか、手を緩めろ、とか、そんなことを言うつもりはない。
もちろん一回一回の稽古へ全力で取り組んでゆくことは大前提にあった上のことで、重要なのは、その全力を注ぐポイントなんだと思う。

これは自分がよくやることなのだが、役の感触を掴むために多少無茶をしていつもよりも自らの身体へ負荷を多めにかけてみることがある。
分り易い例で言うと、喉を潰すことを恐れず、わざと無理のある負担の多い発声方法で台詞を発してみて、一度振り切った身体の状態を体験してみたりもしたことがある。
これは自分がボイトレ指導も行っている人間だからこそできることでもあるのだが、しかしこういうことは稽古期間が短ければさすがに怖くてできない。発声について知っているからこそ余計にだ。
まあ、これは極端な例ではあるが、こういうような無茶は、稽古期間が長いからこそやれるアプローチだと思う。

それ以外でも、稽古期間が長いがためにできることといえば例えば、演出に「ここはどういうイメージなのか」というような質問をしたくなっても一呼吸我慢して、自らで考えてみる時間をいつもより多めに持ってみる、とか、先に書いたようにいつもなら役の方向性を絞り込むタイミングだなと感じてきたとしても敢えてもう少し迷ってみる、とか、そういう意味合いでの無茶もやれる利点がある。

なので、その利点を活かさない手はないなと、思っている。

たぶんここで挙げた以外にも、実際に取り組んでゆく中で色々と分かってくることはあるだろうから、そういう気付きを敏感に察知できるようアンテナをしっかりと張りながら、日々の稽古に臨んでゆきたいなと思う。


もうひとつ、この日感じたこととして挙げられることがあって、それを平田オリザ氏風に言うならば、自らのコンテクスト(文脈)と石川さんのコンテクストとの刷り合わせがうまくいききれていないのかもしれないな、という点。
いや、正確に言えば、下手に分かってしまう部分が多いために、分かりきれない微妙な認識のズレの部分が見えにくくなってしまっているのだ。
もう少しお互いの持つ言葉の認識にズレがあった方が、却って自覚し易かったし、もうちょっと早くそこの点についての対応ができていたのかもしれないなと、そんな風に思った。

しかしまあ、こうしてそのことを自覚することができたのだから、今すぐは無理でも、たぶん今後そのズレをうまく埋めてゆけるようにしてゆけるかと思う。


まだまだ課題は沢山あるし、見えてきていない課題の方が多いと思う。
けれども、だからこそ楽しい訳だし、むしろ望むところだ。

次の稽古でも、その課題一つひとつとしっかり向き合い、確実に一歩ずつ歩んでゆきたいなと、そう思う。


次回の稽古は3/6(火)になります。

【次回(3/6)稽古に向けて】
◆宿題…小節という役の身体について考えてみる
◆テーマ…内側のせめぎ合い


横山 真
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by yukinone_makoto | 2012-03-06 15:26 | 稽古場日記
3/1(木)20:00~22:00 @IQ150稽古場

【外界への印象】
《天候》
●晴れ
・ぽかぽかして気持ちいい
《空間》
・視覚的印象:天井が斜めなせいか、何故か目線が傾くことがあった(笑)
・音:自分の声が返ってきにくいため、耳に頼って声量を調節するのは危険な気がした
・その他:乾燥のせいもあってか床が滑るように感じた

【稽古前の身体状況】
・腰が重い
・肌が物凄く乾燥してる(特に手足)
・若干、ほんとに若干、喉が痛む
・左足首の古傷が痛み出してきた
・呼吸が浅く、声の質が軽い

【今日のテーマ】
◆見る、聞く

【ふりかえり】
本日より『方丈の海』の稽古が本格的にスタート。

という訳で、稽古の開始前に何か全体で行えるエクササイズ的なものをやれという石川さんからの指令を受けたため、その場でぱっと浮かんだものを2つほど、行ってみた。

ひとつは、稽古場にいる全員で適当にごちゃごちゃな位置関係で絡み合った状態で手を繋いでみて、そこからひとつの円に戻れるように全員で協力してその絡まりを「手を離さずに」解いてゆこうというもの。

このエクササイズは、身体の接触もあるし、スムーズに解いてゆこうとすればお互いの声がけなどによる連携がとても重要な要素になってくるものなので、稽古初日に共演者同士の距離感を縮めるものとしては有効かなと思い行ってみたのだが、ただ、それでもいきなり身体の接触のあるものを行うのはどうだろうか、、、という一抹の不安もよぎりつつの恐る恐るの実施であった。
が、そんな不安もよそに、あっさりと、予想していたよりも遥かにスムーズに、絡まりが解けてしまったのでとても驚いた。


あまりにもすんなりいってしまったので、もうひとつ違ったエクササイズを行おうと思い、「はいはいクラップ」も行ってみた。

これは隣の人へ拍手とともにエネルギーを渡し、受け取った側の人はそれをまた反対側の人へ渡し、、、というようなことを繰り返しながら、エネルギーのリレーを行ってゆく、というもの。
そしてそれが慣れてきたら、そこに逆回転を加えたり、無言にしたり、クラップだけではなく色んな動きを回していったりと、様々なバリエーションで行っていった。

まあ、こちらも場全体の呼吸などを混ぜ合わせていって空間の一体感を少しでも高められたらいいかなと思って実施してみたのだが、ちょっと自分の進め方が性急過ぎたかもしれないなと、反省している。

いきなり掛け声とクラップで入るのではなくて、たとえば全員で輪になった状態で隣の人と手を握り、隣の人に強く手を握られたら反対側の手で握っている人の手を強く握って、、、という風にリレーしてゆく「握り回し」から入ってもよかったかもしれない。
というのも、一度あの場全体の集中を「ぎゅっ」と絞り込んでから、開放的なエネルギーのリレーに移行させた方が、きっと集中を高めるための段階としては無理なくやれただろうなと思えたからである。

というか、いつもの自分であったらそうしていたと思う。
だから、反省しなければと思うのだ。
「お客さんとして関わりたくない」と言っておきながら、どこかよそ行きの姿勢でいたのではないか、だから普段通りのことがやれなかったのではないか。

ちょっとここの点に関しては、誤魔化さずにしっかりと向き合って考えてゆきたいなと、そう思っている。

また、考えてみれば、今回の座組で初の参加というのは自分と公募参加の美帆さんと彩さん(この日はNGでした)だけな訳だから、最初にやったエクササイズの時にお互いの呼吸や連携がうまくいくのもそれは頷ける話であった。
ということは、その初参加組を団員の中へとうまく飛び込ませられるような趣旨のエクササイズか、或いは飛び込めるような負荷の加え方を工夫すればよかったのではないか、と、思った。

このような現状への認識の甘さは、場によっては命取りにもなりかねないのだから、今後よくよく注意しておかねばならないと思う。



さて、その後は稽古本編へ入った訳だが、キャスト決定後初の読みであった。

もうとにかく今の自分の課題は、宮城弁、だ。
そこにいっぱいいっぱいになってしまっていて、小節という人間について思いを馳せる余裕を持てなくなってしまっている。

しかし昨日今日でこれまで全く話していなかったような方言をいきなり話せるようになるなんて無理で当たり前なことで、だから、宮城弁が話せないことが問題なのではなくて、その宮城弁にとらわれてしまうがあまりに、芝居そのものに集中できていない状態になっていることが問題なのだ。

一度、自分の中で現時点での優先すべき順位を定めておく必要があるのだと思う。
そして、それと同時に、方言については稽古時間外に可能な限り調べるなり触れてみるなりしながら何とかするしかない。
常々言っていることだが、稽古場では、稽古場でしかできないことを行わねばならない。
それ以外の場所でできることを稽古場に持ち込むのは、俳優として最低なことだということを、決して忘れてはならない。

たしかに方言以外にもこの小節という役と向き合うにあたってやらなければならないことは沢山ある。
しかし、方言が気になって芝居に集中できず稽古にならないような状況は、なんとしても避けねばならないため、現時点においてはこの宮城弁は稽古以外の時間を使って、優先的に取り組んでゆくべきことなのだと思う。


実際に読みを行ってみて、予想以上に困難の待っているチャレンジなのだろうなと実感したのだが、しかし、この程度で音を上げているようでは今回の作品に挑む資格なんてない。
今のこの壁なんてのは、創作の入り口部分での些細な躓きでしかなくて、本当の困難は、もっともっと先に待っている、絶望的に思えてしまうほど大きく高くそして硬い壁だ。

だからこそ、絶対に負けてはならない。

まあ、負ける気なんか、これっぽちも持ってはいないが。

とりあえずは次回の稽古までに、ある程度の結果を出すつもりでいるので、それに向かって邁進してゆこうかと。


次回の稽古は3/4(日)になります。

【次回(3/4)稽古に向けて】
◆宿題…宮城弁について徹底的に研究する
◆テーマ…言葉を振り切る(速度ではないところで)


横山 真
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by yukinone_makoto | 2012-03-02 15:07 | 稽古場日記