演劇家・横山真が己の表現の追求・具現化のために発足したプロデュースユニット。生(LIVE)の表現にこだわり、演者から発せられる音・熱・呼吸・視覚的印象などを五感+αで感じられる作品創造を目指す。


by yukinone_makoto
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2009年総括

いよいよ2009年も大晦日となり、
00年代の最後を迎えることとなりました。

今年は、出演作1本のみ(WS発表会を含めれば2本だけれども)と、
これまでのことを考えたら驚くほど少ない出演数でした。

まあ、それも役者から半年ほど距離をとったためなのですが、
結果的にはこの判断は間違っていなかったかなと思っております。


今年のはじめ、、、いや、正確には昨年の9月なのですが、
自分は俳優としての自分に大きな失望を覚えてしまう瞬間がありました。

そしてそれは、その後も常に自分の中で引っかかっていて、
正直言って今年頭に行っていたWSの時などは
創作そのものが本当にしんどい作業となっておりました。

とはいっても別に創作そのものは楽しかったし、
発表会の時に舞台へと乗せた芝居は
決して見せ物になっていなかったとは思っていないですが。

しかし、自分の心の中のずっとずっと深い部分では、
どうしても拭えない自らの芝居に対する絶望感があって、
それが演劇と向き合う際の自分から素直さを奪っていたんです。


もうなんか、本当に悔しかった。

自分自身の心に負けてしまいそうなことにも、
それが分かっていながら何もできなかったことにも、
とにかく自分で自分を許せない要素があまりにも多過ぎた。

たぶん、自分の無力さに対して悔し涙を流したのは
あれが初めてだったような気がする。


まあ、そんなこんなで一度、
思い切って役者から離れてみようと決心した訳です。

や、そうは言ってもそんなあっさりとは決めてないですけどね、、、
もうほんと、無茶苦茶めんどくさい感じで長いこと悩んだ末の決断でした。

しかも、当初はこんなに早いこと復帰するつもりはなかったです。
最低でも1年は離れているつもりでした。

それが半年で済んだのは、
半分は、それだけ自分が演劇のことを好きだった、ということ、
そしてもう半分は、マームの藤田君との絆、だったのかな、と思います。

、、、なんか絆とか書いてちょっと恥ずかしくなってきた(笑)

でも実際問題として、
しばらく俳優から離れると伝えていたにも関わらず、
そんな自分に対して何度も声をかけてくれた藤田君の
熱意に心を打たれたのは紛れもない事実なんです。

だから、自分もそれ以上の熱意が生まれたとしたら
マームの11月公演に参加してみようと思い
(但し、もしそうならなかったら出てませんでしたが)、
実際にそのように気持ちが動いたため、先日の公演に出演した次第です。

そしてその後の経過は、このブログでの稽古場日記でも書いている通り。



実際に俳優から離れてみて感じているのは、
離れる前とは演劇そのものに対しての向き合い方が
まるで違っているということ。

というのも、離れていた時期に気付いたんですよ、
自分が思っていた以上に演劇のことを好きだったんだということに。

もう、普段から物凄く渇望していたし、
芝居とか観に行くと、いても立ってもいられない自分がいるのが分かった。

手元から手放されてみないと見えないことってあるんだなと、
つくづく実感した訳ですな。


昨年自分は、「2008年は自分にとってターニングポイントの年となった」
と書いていたのですが、それは2009年を経てまさにその通りのこととなったようです。

しかしその時に自分が書いた意味合いとはだいぶ違ってきてますが。

まあ、そこが人生の面白いところなんでしょうな。


来年はどんな1年になることやら。

とりあえずは2月のアゴラの公演から自分の創作はスタートです。

どうぞ来年もよろしくお願い致します。


では、よいお年を!


横山 真
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by yukinone_makoto | 2009-12-31 16:53 | つれづれと
12/27(月)15:30~22:00(横山17:00入り) @青少年学習センター・講習室→中会議室

【外界への印象】
《天候》
●晴れ
・日差しが強い、ほっとする。
《空間》
●中会議室
・全体的に、硬質な印象。

【身体状況】
・背中の上部(肩周辺から首の付け根辺り)が固い
・気付くと歯を食い縛っている
・声帯がやや荒れ気味
・ほんの少しだけ、頭痛がする

【今日のテーマ】
◆心の振り子の振り幅を大きくとる

【レポート】
まだ、どう歩んでゆけばよいのかという道筋は見えてはきていない。
今日も、結局最後まで悪くないレベル止まりだった。

成立はしているけど、プラスαがない。
だから、観ていても引っ掛かりのない、ただ形ばかりが整っているだけのシーンで終わってしまうんだと思う。

自ら定めていたノルマとしては、年内中にはこの壁を乗り越えて新年を迎えたかったのだけれども、、、残念ながらクリアできずに年明けを迎えることになってしまった。


ただ、今日の稽古後に藤田君と話した「タイムリミット」という発想の中に、もしかすると現状を打破するためのヒントが隠されているのかもなと思った。

これは、日常を取り扱った会話劇を演じる際には特に陥り易いことなのだろうけども、どうも「登場していられる時間」と「その空間に居続けていたいと役が思っている時間」をイコールで結んでしまっている俳優さんは多い気がする。
だから、台詞を定めずに状況だけを設定してエチュード形式でシーンを進めてゆくと、何故かいつまでもそこに居続けていられるような身体、或いは心持ちで舞台上に存在できてしまうんだと思う。

けれども、実際にはそんな状況が訪れることなんてほとんどなくて、「自分が満足できる時間分だけその場にいられて、満足したらそこから退場できる」なんてことはないはず。
大抵の場合、もっとその場に居たいのだけれども結局はその場から離れなければならなかったり、早く違うところに行きたいのにもう少しそこに居なくてはならなかったりと、「そこに存在しようとする意思」と「実際にそこに存在可能な時間」にはズレがあって当然な訳だ。

もしかすると、今の自分にはそこへの意識付けが足りないのかもしれないなと思った。
シーンの長さ分だけ、その場に存在しようとしていたのかもしれない。

もっと今いる空間の外側からの引力を感じてみたり、シーンの長さ分以上にその場に居たいと思って存在してみたりしてみてもいいんじゃないか。
むしろそちらの方が「俺の俳優としての舞台上の仕事が終了したから退場します」と都合よくハケられてしまうよりも全然自然だし、何よりも俳優間でのやりとりそのものに立体感が生まれてくるんじゃなかろうか。

きっと、そうすることで、今回の自分のテーマのひとつである“生活感”というものも出てくるような気がする。

「ただ存在する」ということはだいぶできてきたように感じるし(まあ、とはいってもまだまだ甘いんだが)、きっとそろそろ次の段階に進むべきなんだと思う。

なので、ちょっと年明け後はまず、そこら辺に着手してみようかと。


年内の稽古はこれで終了となります。

【年明け後の稽古に向けて】
◆宿題…これまでに行ってきたことのおさらい
◆テーマ…タイムリミット


横山 真
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by yukinone_makoto | 2009-12-29 01:31 | 稽古場日記
12/23(水)18:30~22:00 @青少年学習センター・中会議室

【外界への印象】
《天候》
●晴れ
・空気そのものは冷たいが、あまり寒いという印象はなく、少し動けば気にならなくなる
《空間》
●中会議室
・床が冷たいせいで、実際の室温よりも寒く感じる

【身体状況】
・いくらか解消されたが、まだ若干首は痛む
・猫背気味な感じがする
・ほんの少しだけ、声が素直に響いてくれていない気がする
・なにかこう、身体の中で巡っていないような感じ

【今日のテーマ】
◆受けに回らず、迎えに行かず

【レポート】
どうも、うまくいかないように感じる今日の稽古であった。

とはいえ、自分の行っていた芝居の出来そのものは別に悪くなかったとは思うのだが、結局のところ「悪くはない」の域を脱し切れておらず、あれでは観ている側からしてみれば深みも面白みもない休憩のようなシーンで終わってしまう気がした。

はっきり言って、成立させるだけでいいのなら、こんなにしつこく稽古する必要なんかない訳で、形を整えることばかりに気を取られていても仕方がない。

だいたい、今の自分はそんなところでもたついている段階でもないだろう。
今回の公演に関わることを決めた自分が定めた眼差しは、そんなところよりももっと高いところにあったはずだ。

だからこそ、怖がらずに、もっともっと自らの心の奥深くにまで潜り込んで行ってもいいんじゃないか。
もっともっと自らの中身を晒していってもいいんじゃないか。

さもなくば、今日のように可もなく不可もない芝居を繰り返すだけであることは目に見えている。

今日みたいな芝居なら、別に自分でなくてもやれるだろう。
それを許せるか許せないか、最終的にはその矜恃の問題なのだと思う。

もし許せないのならば、それだけのことをやるべきである。

自分のような特にきらびやかな才も持ち合わせていないような人間が、もし人の心を動かすようなものを創りたいのであれば、死にもの狂いで創作へ取り組んでゆかねば、まずうまくはいかないだろうと思う。


次の自分の稽古参加は12/28(月)となります。

【次回稽古(12/28)に向けて】
◆宿題…上の世代の人についてのリサーチ
◆テーマ…心の振り子の振り幅を大きくとる


横山 真
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by yukinone_makoto | 2009-12-24 00:50 | 稽古場日記
12/21(月)15:00~22:00(横山は17:00入り) @青少年学習センター・講習室→中会議室

【外界への印象】
《天候》
●晴れ
・日差しは強いが空気は冷たく、そのギャップが変な調和を生んでいて不思議な感覚
《空間》
●中会議室
・どんなに小さな声でも、すんなり響いてくれているような感覚だった

【身体状況】
・首の右側の筋?がかなり痛む。寝違えたか?
・乾燥のために指先の感覚がすっきりしない
・股関節をはじめとして、手足の付け根が詰まっている
・身体の芯が定まりきれていない感じ

【今日のテーマ】
◆飛び込む

【レポート】
やはり自分は多少身体が不調なくらいの時の方が集中できるのだろうか、、、

今日の自分は、昨日の夕方くらいから急に痛み始めた右側の首の筋の影響で、右を向く度に首に激痛が走るような状態であった。
まあ、手足の痺れや目眩、吐き気などの症状は見られないので、単純に筋を何かの拍子に痛めてしまっただけなのだとは思うのだが、、、
ただ、はっきりとした原因は分からないため、精神的に不安を抱えた状態で臨んだ稽古となってしまった。

にも関わらず、今日の自分はかなりよい集中具合いであったように思う。

相手のことも、周りの状況も、細かいところまで色々と見えていたし、何よりも「○○してやろう」みたいないやらしい発想が全くもって顔を潜めていたことが一番特徴的であった。
まあ、今回の相手役であったプリン(冨山さんのこと)も、先日の彩乃ちゃんとはまた違った意味合いで自分は物凄く信頼を置いている女優さんであったため、もしかするとそういった安心感が自分の芝居によい影響を与えていたのかもしれない。

今日の稽古での反省点。

◆まだ雰囲気だけで「それっぽく」言葉を発してしまう瞬間がある。まだ今の段階では、言葉に対して用心深くなるのに越したことはないのではないか。ひとつ不用意に言葉を発してしまえば、その後のやりとりにおける関係性はまた1から創り直してゆかなくなってしまう。もし仮に、そこで無理に繋げようとすれば、やりとりそのものが嘘になってしまう危険があるのだから。

◆アクシデントが発生した際に、その状況そのものをありのまま引き受けた状態で芝居を続けてゆけばよかったのに、今日の自分は一度そこで気持ちを仕切り直してみて、そこから芝居を再開させてしまった。僅かにだが、まだ芝居中の自分の心の中には「成立させなきゃ」という焦りが存在するのかもしれない。

◆何の意思も込められていない目線の動きを許してしまった。場繋ぎのためだけにキョロキョロと目線を泳がせてしまえば、観客には「ああ、間を埋めたいんだな」とすぐさまバレてしまう。自分自身で動く理由がないのであれば、もっとどっしり構えていればよく、お客さんの視線を迎えにゆく必要などは一切ないと思う。


挙げてみて気付いたことは、どの反省も「観てる側が現実に引き戻されてしまうような隙を見せてしまっている」という点で共通していること。

舞台上に存在しているのならば、観客に予断を許してしまうような隙を見せてしまうことは限りなくゼロに近付けてゆかねばならない。
でなければはっきり言って見せ物にはなりはしないだろう。

つくづく自分は詰めが甘いなと感じる。
徐々に作品との向き合い方には手応えを感じてきているだけに、余計にその点が頭にくるのだ。

まだまだ、痺れるような瞬間に出会うためには越えてゆかねばならないことが多い。
多いが、それら全てを越えることは決して無理な話ではないはず。

だからこそ、最後の最後まで、やれることは全て注ぎ込んで創作に取り組んでゆきたい。


次の自分の稽古参加は12/23(水)となります。

【次回稽古(12/23)に向けて】
◆宿題…身体のケア
◆テーマ…受けに回らず、迎えに行かず


横山 真
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by yukinone_makoto | 2009-12-22 01:32 | 稽古場日記
12/19(土)18:00~22:00 @大野北公民館・和室

【外界への印象】
《天候》
●晴れ
・濃密な、空気の冷たさ
《空間》
●和室
・そんなに使用してきている訳ではないはずなのに、妙に落ち着く

【身体状況】
・骨盤~太股周り辺りの筋肉がやや張り気味
・頭がややぼーっとする。
・手、顔が乾燥のためかかさかさする
・呼吸の質が固い

【今日のテーマ】
◆飛び込む

【レポート】
今日は自分の出番はなし。

が、外側から稽古を見ていて色々と気付いた点はあった。

◆意識の重心の位置は、どんなに負荷が加わったとしても把握しておかないと、意識の重心移動(要は意識のフォーカスの切り換え)がスムーズにいかず、すぐに形だけをなぞった表現になってしまう。逆に言えば、芝居中の意識の重心移動をうまく身体に落とし込んでしまえば、台詞や段取りにとらわれてしまうことも減るのではないか。ちょうどダンスにおける重心と振り付けの関係のように。

◆やはり言葉は五感と連動しているのだなと改めて実感。実際には関わりの全くない分野の専門用語を発する際、その行為の感覚はもちろんのこと、外側からの視覚的イメージもなければその言葉を自分の耳から聞いた経験もない状態では、どう発しようがその言葉は死んでしまっているように聞こえてしまう。

◆人と人の関係性を表すひとつの要素として「声」は非常に重要であり、またうまく利用できればかなりお互いの関係性を雄弁に語ってくれるのではないか、、、ということに気付いた。たしかに自分の信頼している人と話をする時ほどその「距離感」はコンパクトに、そして「声質」は柔らかくなってい気がする(まあ、とはいえケース・バイ・ケースではあるが)。、、、しかし、なんでこんな単純なことにこれまで気付かなかったのだろうか、、、(汗)

◆訛りのリズムとその人の心地よいリズムというのは、かなり密接に関わりがあるのだろうなと感じた。

◆空間や一人ひとりの身体やお互いの関係性に「生活感」を持たせることの難しさを思い知らされた(これは今後考えてゆくべきテーマか)。

まあ、こんなところか。

せっかくの稽古時間なのだから、どんな形であっても、その状況下における最善の時間の使い方をしてゆかねば勿体ない。
そもそも、実際に何かを行うばかりが稽古ではないし、こうやって外側から見ているからこそ気付けることだって沢山ある。

とにかく、やり残しのない状態で、毎回の稽古を終えられるよう心懸けてゆきたい。


次の自分の稽古参加は12/21(月)となります。

【次回稽古(12/21)に向けて】
◆宿題…人と接する際の声をよく観察してみる
◆テーマ…飛び込む


横山 真
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by yukinone_makoto | 2009-12-20 00:35 | 稽古場日記
12/15(火)18:00~22:00 @青少年学習センター・講習室

【外界への印象】
《天候》
●曇り
・空気が硬い
《空間》
●講習室
・部屋の位置によって寒さが違ったりするので、もうひとつ落ち着ききれなかった

【身体状況】
・目がごろごろする
・肚や腰が妙に力んでいて、あまり弛められない気がする
・口周りが渇く
・視界が狭い

【今日のテーマ】
◆「ぱっ」と動き、「ぱっ」と反応する

【レポート】
少しだけ、前進できたような気がする。

というのも、これまでの自分の悪癖のようなものが見えてきたからである。


自分は芝居に臨む際、その都度いちいち気を入れ直してから始めていた。

たしかに芝居を行う以上、ある程度の準備は必要であるし、気を入れ直すこと自体はそれほど問題のあることではないと思う。
しかし問題はそのやり方で、どうもこれまでの自分の気の入れ直し方は、自らの身体の現状と地続きではない、今とは切り放された地点へと無理矢理持っていこうとしているものであった。

そんな状態で臨んでしまっていたのだから、「舞台上にただ存在しよう」などと考えてみたところで、「ただ存在する」という型のようなものを作り出してそれをなぞっているだけの「それっぽい」ものになってしまって当然である。

おそらくは、そこが今回の稽古で自らに感じている停滞の大きな原因のひとつだったのではないかと思う。


そこで今日は、今の自分の状態を全て受け容れた上で、あまり余計な構えなどを取ることなくいきなり舞台上へ飛び込んでみるようにしてみた。
そうしてみることで「頼れるものは目の前の相手だけ」という状況を自ら作り出し、自分で自分の肚を決めさせるように仕向けてみたのだ。

すると、「この役で、この相手だからこうなったんだろうな」と自分でも感じることのできる素直な反応をすることができた。
ちゃんと目の前の存在に、委ねられていたような気がしたのだ。
その証拠に、自分は途中、台詞を完全に飛ばしてしまい、変な間が生まれてしまった瞬間があったのだが、そんな時でも今まさに相手との間に生まれてくるものにだけ集中することができていたため、全く焦るようなことはなかった。
まあ、この時の相手役が、これまで何度も一緒にやってきて比較的呼吸の合う彩乃ちゃんであったことも、その安心感のようなものを生むための大きな要因であったのかもしれない。

それだけに、こういう向き合い方を他の人相手の時にもできるようになってくれば、今の自分の中の停滞を打破するために必要なものが見えてくるような気がする。



今後に向けてまだまだ課題は多いが、だからこそ、今日の稽古で得た気付きは確実に今後へと繋げてゆきたく思う。


次の自分の稽古参加は12/19(土)となります。

【次回稽古(12/19)に向けて】
◆宿題…軽くでいいから戦中戦後あたりの日本の状況を調べてみる
◆テーマ…飛び込む


横山 真
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by yukinone_makoto | 2009-12-16 01:57 | 稽古場日記
12/14(月)18:00~22:00 @青少年学習センター・和室

【外界への印象】
《天候》
●曇り
・空気は冷たいが、何故か寒い感じがしない
《空間》
●和室
・電気が交換されたためなのだろうが、これまでの黄色い印象から白い印象に変わった

【身体状況】
・股関節、ふくらはぎあたりがロックがかかって固い
・呼吸が深いとまではいかないが、意思のある呼吸のように感じる
・地に足は着いている
・ただし、異様に眠い

【今日のテーマ】
◆内をみなぎらせ、外は柔らかく

【レポート】
どうも、考え過ぎてしまっているような気がする。
頭で芝居をしてしまっているのが自分でも分かる。

が、だからといってどうすればいいのか、その打開策はまだ見えていない。

そんなこんなで色々と不安はあるのだが、今はとにかく目の前の状況へ、より強い集中力を持って取り組んでゆくことのみに専心してゆこうかと思う。

そもそも、この苦しみは、次のステップに進むために避けては通れない道のような気がするのだ。
だから、絶対にこの苦しみから目を逸らすようなことはしたくない。

とはいえ、いち早く楽になりたいという気持ちは、ないと言えば嘘になる。
しかし、今ここでそうやって目先の安心を手に入れたところで、その先に何が残るのだろうか。


空っぽの自分の中から生まれてくる“何か”があるはずなんだと、自分は今、強く信じている。
しかし、その“何か”は未だ見えてこず、ただただ自らの空っぽさに絶望を感じる日々であったりする。

が、自分にとっては進歩のないままに創作を続けてゆくことの方が遥かに許せないことであるため、どんなに辛く苦しくとも決して妥協するつもりはない。

今はもう、ひたすらあがき続けてゆこうかと思っている。


次の自分の稽古参加は12/15(火)となります。

【次回稽古(12/15)に向けて】
◆宿題…今日の稽古のおさらい
◆テーマ…「ぱっ」と動き、「ぱっ」と反応する


横山 真
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by yukinone_makoto | 2009-12-15 01:33 | 稽古場日記
12/9(水)18:00~22:00 @青少年学習センター・中会議室

【外界への印象】
《天候》
●曇り
・雲のせいか、寒さが重く感じる
《空間》
●中会議室
・床が滑る
【身体状況】
・下半身が重だるい
・呼吸が浅い
・気持ちが変に落ち着いてしまっていて心の瞬発力が弱い気がする
・つい目ばかりでものを感じようとしてしまう

【今日のテーマ】
◆ただ見る、ただ聞く

【レポート】
今日の稽古は、自分にとって物凄く不満の残る内容であった。
というのも、こんなにも気持ちが盛り上がらない状態で稽古に臨んでしまった自分に対して怒りすら感じたからだ。

日常の身体のままで稽古に臨む。
これこそが自分の最も忌み嫌う姿勢であったのに、それをしてしまった、、、

満足に準備を行えるだけの余裕がなかったなどというのは、はっきり言って言い訳にすらなりはしない最低の発想である。
時間がないならないなりにやらねばならないし、たとえ精神的に参っていたとしても、そんなことは稽古とは全く関わりのないことだ。

自分は今の環境に、そして藤田君との関係に甘えているんじゃないか。

まだオーディションの時のように気合いが空回っている方がよっぽどマシだと思う。
や、まあ、それはそれで駄目なんだが、やる気がある分だけまだ望みはある訳だから。


今日の自分には、悔しいけれども特筆すべき点がひとつも見付からない。

や、もしかすると周りから見たらそれほどボロは出ていなかったかもしれないが、そんなことは関係ない。
体裁だけを取り繕って、次に繋がる何かを得られるのか。

猛省し、再びこのようなことのないよう戒めてゆかねばと思う。


次の自分の稽古参加は12/14(月)となります。

【次回稽古(12/14)に向けて】
◆宿題…自分の性根を叩き直す
◆テーマ…内をみなぎらせ、外は柔らかく


横山 真
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by yukinone_makoto | 2009-12-10 00:26 | 稽古場日記
12/6(日)18:00~22:00 @青少年学習センター・講習室

【外界への印象】
《天候》
●曇りのち晴れ
・空気はかさかさ、しかし暖かいので過ごし易い
《空間》
●講習室
・床が冷たい
【身体状況】
・なんとなく頭がぼんやりしていて、たまに立ちくらみっぽくなる
・左側の腰が痛む
・肩周りがガチガチに固まっている
・身体が重く感じるためか、フットワークが重い

【今日のテーマ】
◆ただ見る、ただ聞く

【レポート】
今日は、稽古というよりも今回の公演に関わってゆくにあたっての説明事や意見交換の場として進行していった。

今回、メンバー的にも、前回に引き続いての人、過去に参加したことがある久しぶりの人、そしてマーム初出演の人という3種類の参加者がそれぞれ同じくらいの比率で関わることとなったため、このように初めに共有項を増やすための作業から入るのは大切なことだと思う。
特に、総勢14名という大所帯であることも考えると、決しておろそかにはできないことだろう。

また、藤田君が個別に面談する時間を設けたことも、これまでにはなかった試みではあるが、こういった些細なことの積み重ねが、後々になって生きてくるのではないかと思う。
自分も、彼と一対一で向き合って話をすることで、今回の公演に関わってゆくにあたっての色々を再確認できたように感じる。


今回の自分は、これまでとは確実にマームに対する向き合い方が違っている。

一番大きいのは、「自らの意思でマームへと関わることを選んだ」ということ。
これまでももちろん自分の意思で出演することを選んできたのではあるが、それは「まず藤田君からのオファーがあった上での出演の意思表明」という順番であった。
しかし今回は「藤田君からのオファーの有無に関係なく、とにかく出演したい」という意思の元、出演することを選んだのだ。

これは自分の中では非常に大きな変化である。

この変化をもたらしたのは、前回の公演の千秋楽を終えた直後に感じた「これで終わりたくない」「ここが終わりではない」という素直な気持ちであった。

別に自分は運命論者ではないのだが、しかし、こういった気持ちが芽生えてしまった以上、自分には俳優を継続してゆく義務があるのだろうなと思う。
もしかすると、千秋楽にあれだけのクオリティのものを創り上げることができたこと自体が、神様か何か、それに近いものがもし存在するのだとして、そいつの「お前には、こんなところで俳優を辞める資格などないぞ」という啓示のようなものだったのかもしれないなとも思えてきた。

そして、そう考えた時に、これまでのような受け身での関わり方では駄目な気がしたために、今回は自らの意思で公演へと参加することを選んだ次第である。

、、、とまあ、以上のようなことを藤田君に話したところ、ものすごく共感してもらえたので、自分としてもだいぶ勇気が湧いてきた。

前回公演で味わった悔しい思い。
なんとしても今回の公演でその借りを返したいと思う。


次の自分の稽古参加は12/9(水)となります。

【次回稽古(12/9)に向けて】
◆宿題…崩れ気味の体調を整える
◆テーマ…ただ見る、ただ聞く


横山 真
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by yukinone_makoto | 2009-12-07 01:11 | 稽古場日記
終演から一ヶ月近くなってしまったのだが、、、
マームの次回公演への出演も決まり、本日からその稽古が開始されるだけに、これだけは今日中にしておかねば次へ進めないため、遅ればせながら先日の公演の総括を致したく思う。


今回の公演は、WSなどを除けばちょうど1年ぶりに俳優として演劇公演に関わったこととなった。
自分の実感としては、その俳優から距離を置いていた期間というものが、自らの芝居に少なからずよい影響を与えていたように感じる。
これは以前の稽古場日記の方にも書いたことなのだが、当たり前のことが圧倒的に減ったのだ。
明らかに以前に俳優として創作に関わっていた時とは景色が違って見えるようになっていた。
そのためか、自らの一つひとつの行為に対しても疑問を持てるようになっていて、「なんとなく」で物事を済ませることが減った気がする。

また、自意識に苛まれることも減っていて、舞台上における肚の座り具合にも変化が訪れていた。
下手なプライドを切り離すことができ、いい意味での開き直りが自分の中には生まれていたのだ。

あの苦しかった1年間、決して無駄ではなかったのだなと思う。


さて、創作についてであるが、一先ず稽古の段階では上記のようなこともあって今回の現場がこれまでで一番いい状態で作品と向き合えていたように思う。
ゲネ直前の通し稽古までは、自分でも驚くほど順調に役についての積み重ねがうまくいっているような実感があった。

が、ゲネの段になって、自分の芝居に若干の綻びが生まれてしまった。
直前の通し稽古がそれまでの稽古の中で最高の出来であっただけに、ここで躓いてしまったのは本当に痛かった。
決して油断していた訳でもないし、いい時の状態をなぞろうとかいうつもりも全くなかったのだが、ちょっとした意識の持ち方の変化によって、それまでに出来ていたことが少しずつ、噛み合わなくなっていってしまったのだ。

まあ、結果的にはあの躓きとその後の試行錯誤があったからこそ、千秋楽のあの素晴らしい出来に繋がったのだから、結果オーライとも言えなくはないが、それとこれとは話が別である。
結果がどうであれ、本番直前にして躓いてしまったのは事実であり、それは決して許されるようなことではないのだ。

自分としてはそうなってしまった原因は分かってはいる。
が、それはこのような場で公にするようなことではないものであるので、ここに書くのは控えておく。
ただ、同じ過ちは決して犯したくはないので、この反省は次回へ生かしてゆくつもりだ。


また、これも楽日を除く公演期間中、、、つまりは自分の芝居が崩れてしまっていた期間中に感じたことなのだが、自分の芝居の課題として、「何かしてやろう」という意識がどうしても働いてしまうようなのである。
「ただその場に存在する」ということが不安で、つい鎧を身に纏おうとしてしまうのだ。

もしかすると、それは相手のことや自分のことを本当の意味で信じ切れていないことを表しているのかもしれない。
もちろん自分自身では信じているつもりなのだが、まだ心のどこかで相手のことを気遣っていたりしているのかもしれない。

それは性格的なものもあるのかもしれないが、しかし、今より更に上を目指したいのであれば、「性格だから仕方ない」で済ますことは許されないだろう。

どうやら次回の公演における自分のテーマは「信じる」で決まりのようである。


さて、テーマの話が出たので最後に今回の公演におけるテーマであった「泥臭く」について。

やはりこういうことは意識するかしないかでかなり違ってくるようで、おそらく今回の稽古で変なこだわりやプライドを突き放すことができたのは、このテーマを強く意識していたことも大きかったのだろうなと思う。

とにかく自分の中で知らず知らずのうちに出来上がってしまっていた「型」のようなものを壊すためには、一度なりふり構わない姿勢で創作へと臨んでゆく必要があったのだ。
「型」というものは、それに頼り始めると途端に死んでしまうものであると自分は考えており、だからこそ敢えて壊すことで、再び生まれてくる「型」に柔軟性を持たせ、その強度も強化してゆく必要があるものだと認識している。
そこで今回は、その「型」を破壊するための手段として「泥臭く」創作に臨むことを選択した訳である。

これについても、会心の当たりとまではいかなかったが、まずまずの成果が上げられたのではないかと思う。


以上、急ぎ足で書いたため、少々まとまりのない内容となってしまったのだが、今回の公演に関わっていて感じたことをつらつらと書き上げてみた。
ただ、このような雑な総括ではあんまりなので、後日もう少し丁寧にして個人的にまとめてみようかとは思っている。

全ては、より上を目指すため、である。

次回公演も、全力で取り組んでゆきたい。


横山 真
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by yukinone_makoto | 2009-12-06 10:47 | 出演レポ