演劇家・横山真が己の表現の追求・具現化のために発足したプロデュースユニット。生(LIVE)の表現にこだわり、演者から発せられる音・熱・呼吸・視覚的印象などを五感+αで感じられる作品創造を目指す。


by yukinone_makoto
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9/27(日)17:00~22:00 @青少年学習センター・講習室

【外界への印象】
《天候》
●曇り
・空気がだいぶ乾燥してきた
・静か
《空間》
●講習室
・妙に落ち着いていて、居心地はよい
・大きな窓のせいか、解放感がある

【身体状況】
・首の後ろががちがち
・呼吸は浅く、声の響きは落ちている
・鼻が詰まりやすく、口の中も妙にべたべたする
・何かこう、気分がもう一つ盛り上がらない

【今日のテーマ】
◆目に映るものに正直に

【レポート】
何かこう、最近強く感じていた自分の声に対する違和感が、もろに出た感じの今日の稽古であった。

あきらかに自分の声質が変化している。

自分で出しているはずの声が、まるで自分のものではないような、、、バイオリンのつもりで弾いたら、出た音はチェロだったと言っても大袈裟でないくらいに、自らの持つ発声時の感覚イメージと実際の感覚に差があった。
正直言って、ここまでの変化が我が身に訪れていることに大きな驚きを覚えている。

この変化についての原因究明も大事ではあるが、自分としてはそれよりも、この今の発声感覚に対して感じているズレにどう対応してゆくのか、ということと、落ちてしまった声の響きに柔軟性を持たせるためには、そして浮わついた声質に強度を持たせるためには、何を自らの身体に働き掛けてゆけばよいのかを考えることの方を優先してゆこうと思う。

まあ、というのも、ある程度その原因は自分の中で思い当たることがあるからであるし、あまり原因ばかり追ってしまって「じゃあ、どうするか」をおろそかにしてしまってもそれはそれでよろしくはないと考えているからである(但しだからといって原因究明を軽んじている訳では決してなく、「じゃあ、どうするか」を考えてゆけば否応なしに原因と向き合わざるを得ないのだから、あまり「原因究明」という部分的な対応にとらわれることはないなという意図がそこには含まれていたりするのだが)。


しかしまあ、今回のような急激な身体の変化というのは自分も思い出す限りでは記憶にないので、多少の不安は拭えないものがある。
が、不安の有無は自分の行える努力量には何ら影響を及ぼすことはないはずである。

もし、影響を及ぼすのだとすれば、それは不安の有無によってではなく、「不安に甘える心」であり「不安を力に変える強い心」なのだと思う。

自分は、後者を選びたい。


次の更新は10/4(日)となります。

【次回稽古(10/4)に向けて】
◆宿題…今の自分の声・自分の身体をよく見つめ直してみる
◆テーマ…攻めの姿勢で


横山 真
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by yukinone_makoto | 2009-09-28 00:10 | 稽古場日記
9/19(土)15:00~22:00 @青少年学習センター・大会議室→中会議室

【外界への印象】
《天候》
●曇り
・空気が生温い
・が、嫌な感じはせず、不思議と落ち着く
《空間》
●大会議室
・なんとなく、黄色い印象
・何故か部屋の形が台形っぽく見えていた
●中会議室
・床が軽い感じ(特に音が)
・外の音がやたらと気になった

【身体状況】
・頭がぼんやりしているような気がするのだが、何故だか妙に思考の回転は早い
・午前中立ちっぱなしだったせいか、下半身がだるい(特に膝が突っ張る)
・感覚の中で聴覚が先行しているような気がする
・肩周りが思い切り滞っている

【今日のテーマ】
◆非言語部分の意思伝達への意識

【レポート】
今日も稽古前半では自分の出番はなかったため、外側から作品創りに繋げられそうな色々とポイントを探ってみた。
そこで子供に関わることで気付いた点や今後洗い出してみたいことを思い付くままに書き出してみると、、、

◆発想の引き出しの少なさがもたらす発見量の多さ。
→外界からの情報一つひとつに対しての引っ掛かり方が自分達とはどう違うのかを具体的に洗い出してみるといいかも
→或いは、学年別に初めて習えるようになること、或いは初めて知ることができるようになるものを具体的に洗い出してみるのもひとつの手か

◆意識のスイッチの切り換え方やその速度の差
・「子供だから」という見方から行うステレオタイプの分類ではなく、その場その場でのその人の頭の中を支配している意識の優先順位やそのパーセンテージなどをいちいち具体的にしてゆきながら、自分達とはどこがどう違うのかを検証してみる
・その反応の現れ方にも違いはあるんじゃないか
・周りの変化を感じてはいるけれども認識まではできていない、しかし身体では反応をしている、そんな「無意識下での反応」の比率も大きい気がする

◆相手からの反応の待ち方
・これも前回の稽古場日記で挙げた「間合い」のひとつになるのだろうが、頭の中に占めている自意識と他者への意識の比率が明らかに自分達のそれとは違うように感じる

◆短い人生の中での今に対する意識付け
・絶対的に人生経験が不足しているからこそ強い「世間体」というものに対する執着

こんなところか。
まあ、一気に書き列ねてみたため少々とっ散らかってしまっているので、ここに挙げたポイントは後ほどもうちょい整理してみようかとは思う。


さて、本日の稽古のラストにてようやく自分のシーンの初稽古。

今回の役は、横山らしいと言えば横山らしくもあるし、意外と言えば意外とも言える役かもしれない。
まあ、同じ作家が書いた役を同じ役者が演じている以上、これまでのマームにて自分が向き合ってきた5名の役達と本質的な部分では通じているのかもしれないのだが、これまでとはまた違った切り口の役となりそうな気がするので、自分でもこれから彼と向き合ってゆくのが楽しみである。

実際に稽古をしてみて感じたことは以下の2点。

・一つひとつの行動に対する純度を失うと途端にネタ・キャラ芝居となってしまう危険性が高い
・が、反面、あまりにものめり込み過ぎると観客に望ましくない印象を与えてしまう危険も

要は、とても匙加減が難しい役だ、ということである。

しっかり手間をかけて、その課題を乗り越えてゆきたいと思う。


次回稽古、自分はNGのため、次の更新は次々回(27日)となります。

【次回稽古(9/27)に向けて】
◆宿題…小学校の各学年で何を習ってきたか、学年毎に思い出してみる
◆テーマ…目に映るものに正直に


横山 真
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by yukinone_makoto | 2009-09-20 00:49 | 稽古場日記
9/13(日)18:00~22:00 @青少年学習センター・中会議室

【外界への印象】
《天候》
●晴れ
・空気が透き通っているような感じがして気持ちよい
・全体的に色が濃い
《空間》
●中会議室
・妙に明るく感じる
・床に踵を付けた時の、足音が気になった

【身体状況】
・下半身が何となく重っ苦しい
・首の後ろから肩周りが詰まっている
・肚が定まってない
・呼吸が軽い

【今日のテーマ】
◆非言語部分の意思伝達への意識

【レポート】
今日の稽古では、まだ自分のシーンまで台本が到達していなかったため、最初に行なった全体での読み稽古でト書きを読んだ後は他の人のシーン稽古を見るだけで終えた。
が、外から見ていても自分次第で得られるものは沢山あるのが稽古である訳で、今日の稽古でも普段の稽古に匹敵するだけの今後の創作に繋がる発見がいくつもあった。

それは主に「間合い」についての発見が中心であったのだが、よくよく考えてみると、今回の作品へと挑むにあたり、この点こそが創作における最大のキーワードになるのではないかという気がする。

というのも、今回の作品は「子供から見た世界」というものを取り扱っている。
それはかつて自分達も一度は通ってきた道のはずである。

が、これは、実際に取り組んでみてとことん思い知らされたのだが、無策で臨んで成立させられるほどにイージーな世界では決してないようである。
まあ、それも当たり前といえば当たり前のことで、うちらはもう子供ではないのだから、同年代の人間を演じる時と同じ感覚で演じることなど不可能なことなのだろう。
しかし、だからといって声色を変え、子供っぽい仕草を行ったところでそもそも見た目が大人なのだから、そこには痛々しさしか残らないというのがそれを観た大方の人間が抱く率直な感想になってしまうと思う。

では、どうすればよいのか。

自分は、そこのところで「間合い」が重要になってくるのではないかと見ている。

外界のあらゆる事象に対する物理的な距離感や精神的な距離感としての「間合い」。
自分自身の欲求や自意識に対する「間合い」。
人との調和と自分の心地好いリズムがそれぞれどのような比率で意識されているのか、という時間の流れ方に対する「間合い」。

これらの一つひとつの要素を今一度徹底的に見つめ直し、今の自分はどのような「間合い」となっているのか、その「間合い」のどれをどう変えたらどうなるのか、実際の子供のそれぞれの「間合い」はどのように機能しているのか、などをとことん観察・検証してみようかと思っている。


ただ、これは今日の稽古を外から見ていて導き出した考えであり、あくまでも推測である。
もしかしたら見当違いのことを行なおうとしているのかもしれない。

が、間違っていたなら改めればいいだけのことだ。
第一そこで費やした労力は決して無駄にはならないだろうし、そもそも、それくらいの手間もかけられないのなら、最初からやらなければいい。

手間を惜しむということは、創作を放棄することと同義である。

やれる準備は全てやるのが、創作という行為に対する最低限の礼儀であると自分は思う。


自分が次回稽古(9/16)をNGのため、次の更新は次々回稽古分(9/19)となります。


【次回稽古(9/19)に向けて】
◆宿題…「間合い」についての考察
◆テーマ…非言語部分の意思伝達への意識


横山 真
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by yukinone_makoto | 2009-09-14 01:25 | 稽古場日記
9/7(月)16:00~22:00 @青少年学習センター・中会議室

【外界への印象】
《天候》
●晴れ
・日射しの質が一頃に比べてだいぶ柔らかくなってきたように感じる
・しかし、暑い
《空間》
●中会議室
・床も壁もとにかく固く感じ、全体的に硬質な印象

【身体状況】
・腰が重く痛い
・重心がやや後方にかかりがち
・呼吸が浅く、声が軽い
・前方ばかりに意識がいってしまい、視野が狭い

【今日のテーマ】
◆一人ひとりとの距離感を丁寧に

【レポート】
なんというか、以前の自分とは全く違った感覚を己の中に感じている。
昨日はその感覚に若干の戸惑いを感じていたのではあるが、今日になってみて、それは自分が次の段階にステップアップしていくための胎動のようなものなのではないかという気がしてきた。

というのも、自分で自分に驚くことが明らかに増えているからなのである。
一つひとつの演技はまだまだ粗削りだし雑なのだが、“今、ここ”へと身を投じ、没頭しきれている瞬間が確実に増えている。

雑音を含め外界からの情報を全て引き受けることのできる強い覚悟
多くのものを引き受けても決して揺らぐことのない集中力
それら引き受けたものの中から何を次の行動へ利用するのか「ぱっ」と瞬時に選びとれる決断力

もしかすると、ここら辺が違ってきているために、自意識に振り回されることが減ってきているのかもしれない。

ただ、そのかわり、今の自分には冷静さが足りていないような気がする。
それが、あの一本調子な演技のリズムに繋がっているように思えるのだ。

そこのところの匙加減は本当に難しい。
が、考え過ぎてどっちつかずな演技になるよりかは、強い気持ちを持った決断を繰り返しながら何度も恥をかき、そこから身体で学び、感覚を掴んでゆけばいいのだと思う。


賢明な判断ばかりを選びとっていては、最終的に賢明な作品しかできない。
しかし、マームにおいてはそのような賢明さはほとんど求めてはいないのだ。
そんなものより、自分自身でも思いもしないような「越えてくる瞬間」を沢山生み出してゆけるようにしたいと思っている。

今日味わった感覚を大切にしつつ、また次々回の稽古(次回稽古、自分はNGなので)に臨んでゆきたい。


【次回稽古(9/13)に向けて】
◆宿題…子供って?
◆テーマ…非言語部分の意思伝達への意識


横山 真
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by yukinone_makoto | 2009-09-08 01:18 | 稽古場日記
9/6(日)13:00~22:00 @大野中公民館・和室

【外界への印象】
《天候》
●晴れ
・暑いもののからっとした気候で、不快感は少ない
・日向と日陰の暑さのギャップが激しい
《空間》
●和室
・外がうるさい
・畳の傷がやたらと気になる

【身体状況】
・吐き気まではいかないものの、どうも内臓が落ち着かない
・膝の裏や腰、首の後ろなど、背面部が重い
・喉が炎症気味ですっきりしない
・全体的に、意識がぼんやりしてる

【今日のテーマ】
◆一つひとつ、肚を据えて

【レポート】
顔合わせの日には参加できなかったため、自分としては今日が今公演の初参加。

色々と現場は巡っていたとはいえ、自分の思考回路、感覚などを俳優としてのチャンネルに合わせたのは久々なので、思っていた以上に体力を消耗していることを実感した1日であった。
しかしまあ、その疲労具合いも非常に心地好い疲労感であるので、身体がそのチャンネルに合うよううまく修正してゆければ、全く問題はないものだと思う。

さて、今日はキャスティングのため、昨年10月のマームの作品『ごほんごほんと絵本は鳴く』をテキストとして使用しながら稽古は進行していった。
自分の役はその時と同様、「けんいち」である。

久々の演技に加え、かつて演じた役を1年ぶりに再び演じるということにやはり初めのうちは多少の戸惑いを隠せなかったのだが、3~4回稽古を返しているうちにだいぶ感覚が戻ってきたようである。
今日の稽古中盤辺りからは、1年前にも見付けることのできなかった、けんいちの新しい一面を発見してゆくことを楽しめるようになっていた。

まあ、「感覚が戻ってきた」とはいっても、それは自分のある一部分での感覚でしかないので、まだまだ修正してゆかねばならないことは当然ながら多い。

例えば、「他者との距離感」
例えば、「一つひとつの行動のリズム」
例えば、「空間へ対しての身の置き方」

などである。

もっと間合いを詰められる状況であってもそのための一歩が重かったり、
少しでも気を抜くと一つひとつの行動が一本調子になってしまったり、
役として存在しているはずなのに居住まいがあまり変わっていなかったり、
まだまだ甘いと思われる部分は沢山ある。

全体のキャスティングが決まり、本格的に台本稽古へ入るまでにはあと2回稽古が残っている(まあ、自分の役は決まったのだが)。
それまでに行える準備は、可能な限り全て行っておけるようにしたい。


なお、今回の公演に携わるに当たってのテーマは「泥臭く」。

どんなに格好悪くなってもいい。
作品をよい方向へと導くため、一切の個人的こだわりを捨てる覚悟で創作へ臨んでゆきたい。


【次回稽古(9/7)に向けて】
◆宿題…今日の稽古のフィードバック
◆テーマ…一人ひとりとの距離感を丁寧に


横山 真
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by yukinone_makoto | 2009-09-07 01:13 | 稽古場日記