演劇家・横山真が己の表現の追求・具現化のために発足したプロデュースユニット。生(LIVE)の表現にこだわり、演者から発せられる音・熱・呼吸・視覚的印象などを五感+αで感じられる作品創造を目指す。


by yukinone_makoto
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昨日知人と話したのだが、芝居って、わざわざ無理して劇場でやる意味ってあるのだろうか。
いや、別に劇場を否定している訳ではないのだけど、劇場という空間にそぐわない芝居を結構見かける事があるから、そこのところが疑問で疑問で仕方ないんです。

「この劇場でなきゃこの作品は創れないんだよ!」ってくらいのモチベーションもない、劇場ありきの企画は一度見直していくべきなんじゃないかなぁ、、、大体、貸し出し費用だって高いんだから。
劇場以外の場所で芝居を行うというのは様々な障害も発生するし、規制も厳しいかとは思いますが、だからといって「安いから」という理由で選んだ劇場で、小屋入り後に十分な稽古も出来ず、公開ゲネ的な微妙な出来の作品を「初日だから仕方ない」というほぼ言い訳にしか見えない理不尽な理由のもと人目に晒してよい訳がありません。
しかし、そんな妥協の産物とでも言うべき作品があまりに多く感じます。

沢山の空間を調べ尽くした結果にそこを選んだとか、この空間に自分の作品を乗せてみたいとか、そういった「その劇場で公演を行なう必然性」があればいいんです。
自分が不満なのは、公演を打つという創作活動の第一歩目であり一番重要な要素であるはずの「空間選び」を、作品創造とは切り離された状態の安易な発想で決めてしまう事です。

もちろん、現実との擦り合わせも必要なので全てが悪いとは思いません。
思いませんが、創作と現実、両者と真正面からしっかりと向き合った上で創り出す作品でなければ、自分はやはり観たくはないです。

てか、現実だけしか見ない作品って、本末転倒でないかい?
…とか思ってしまう俺って青臭いんですかねぇ(苦笑)


横山 真
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by yukinone_makoto | 2008-03-24 15:27 | つれづれと
2008年3月21日(金)19:00~
黒色綺譚カナリア派 第八回公演 『葦ノ籠』 @こどもの城 青山円形劇場

カナリア派を観たのは番外公演を含めてこれで4回目。

自分は、カナリア派の作品を観る度に心の中の男性的な部分を素手で鷲掴みにされているような感覚に襲われてしまいます。なんというか、きっとそれはムックさんの描く男性が、自分にとって恐ろしいほどに共感できてしまうためなのかもしれません。
どうしても作品を客観的な視点では観られないのでございます。

当然今回もその感覚は健在で、他人事であるはずの舞台上の出来事が、今まさに我が身に起こっているかのような恐怖として襲ってくるのです。
こういう作品は自分の知っている範囲内ではカナリア派特有のもののように感じられ、だから自分はカナリア派の作品をまた観たいと思ってしまうのかもしれません。

役者も言葉も見せ方も、全体的にほとんどの要素が自分の好みとぴたり一致している事も合間ったせいか、とても楽しんで観る事ができました。
特に、視覚以外の感覚に訴える演出が随所に見られたのが非常によかった。目だけでなく、耳、鼻、皮膚、距離感、温度などなど…そして自分が一番感心させられたのは、身体の中で起こる生理現象にまで働き掛けてきた事。
ネタバレはしたくないのでここでは伏せますが、ああいうものは馬鹿馬鹿しいで済まされてしまうような事かもしれないけれど、それによって己の中に引き起こされる現象は「本物」である事には変わらないし、舞台でしかできない事です。
や、またひとつ舞台の可能性を見せてもらった気がします。

それにしても今回の役者陣は自分好みの方ばかりだったせいか、とても素晴らしかったです。
特にメインどころは皆しっかりしていたのでちゃんとひとつの空間が成立していて、全くもってストレスを感じる事なく観る事ができました。
空間を成立させるには、役者一人ひとりの嘘のレベル(または芝居の質)が全体として統一されてなくてはなりませんが、そこが丁寧に創り込まれていたように感じました。


…なんだか誉めてばかりですが、不満がなかった訳ではありません。が、ひとつの作品として「あ、好きだなこれ」と感じられたのだから、それでいいのではないか、というか、それが全てなのではないかな、と思います。

また次回も観に行きたいです。


横山 真
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by yukinone_makoto | 2008-03-22 00:03 | レビュー

時間堂 『三人姉妹』

2008年3月19日(水)19:00~ 時間堂 『三人姉妹』 @王子小劇場

時間堂は初観劇。

小屋に入った瞬間に「おおっと、こうきたかー」と思わせられる美術が目に入った。
この空間を如何に使ってチェーホフをやるのか、、、待っている時間から作品へと思いを馳せられていられる客入れという点には非常に好感を持てました。
というのも、自分が演出をする際に最も重視したいと思っているのが導入部であり、それは会場に足を踏み入れた瞬間から作品は始まっているのだと考えているため、この空間の雰囲気は大いに参考になりました。

それは開演時の演出にも表れているように感じて、開演時間を迎えると出演者は「役」ではなく「俳優」としてお客さんの前に姿を現し観客の目の前で本編へと入ってゆくという様は、日常と非日常の変化を「客入れ終了時(または開演時)の暗転」という明確な形での境界線を押し付けるのではなく、敢えて境目を設けず日常の空間と地続きのままで非日常の空間へと誘っているかのように感じたのです。

この試みはとても面白く、またお客さんともしっかり向き合った思考だからこそ生まれたものであるのだと思います。が、やや中途半端というか、歩み寄ったはいいけれどもその距離感が明確でないようにも感じられてしまいました。。。
それは役者一人ひとりのその距離感に対する認識に差があったせいかとも思ったのですが、いずれにせよどうせやるのであれば、もう少し観客に対してはっきりとしたスタンスの取り方の提示は欲しかったかなと。そうすれば、あの戸惑った客席の空気もだいぶ変わった気がします。

が、この導入はかなり素敵なチャレンジだと思います。
この点だけで自分は時間堂という団体にとても興味が生まれました。

さて本編について。

や、チェーホフってこんなに面白かったんだなーと改めて実感させて頂きました。
すごいですよ、現実のやりきれなさとか、人の愚かしさとかの描き方がー、、、って、んあー…言葉にするとなんでこう陳腐になってしまうんだろうか。。。
今回観て、近いうちに自分もチャレンジしてみたくなりました。

しかし、俳優の作品に向き合う姿勢によってここまで明確に差が出てくるものかというくらいに厳しい戯曲なのですな、、、観ていて痛感しました。
そんな中、マーシャ、ヴェルシーニン、チェブトイキンの3名は素晴らしかったです。
その場に役としてしっかりと存在している。目の前で呼吸しているのが皮膚感覚で伝わってきました。だからなのでしょうか、この3者が登場する時には必ず外の空気を持ち込んでくるので何を経てこの場に登場してきたのかを想像させられ、また、他の人物が登場すればそれをしっかりと受けているので必ず何かしらの変化をその空間に与えてくれました。
よい俳優さんというのは、こういう目に見えないものの積み重ねを確実に行なってゆく事によって作品に厚みをもたらしてくれるのでしょうね。

全体的に、演出のルールづくりはうまいなと思ったのですが、箇所箇所でもう少し練り込んで欲しかったなという部分があって、そう思う度に若干現実に引き戻されてしまう瞬間がありました。
「楽しめた」というよりは、「参考になった」という印象が強かったのも、そういったところに由来していたのかもしれません。。。

ただ、こんな感じで偉そうに色々と(しかもまとまりなく)書いてますが、好印象ではありました。
今度は、オリジナルの戯曲を使用した時間堂さんの公演を観てみたいなと思います。


横山 真
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by yukinone_makoto | 2008-03-20 23:58 | レビュー
3/14(金)19:00~ 楽々一座 第八回公演 『僕が死んだら花火が上がる』 @小劇場 楽園

楽々は今回で3回目の観劇。
なんとなくだが、観ていて『星の王子さま』を思い出した。
そっかそっか、こういうアプローチの方法もあるんだなと、とても興味深く観させてもらいました。

ただし、今後もあの演出でいくとするならば、今のままでは役者の身体が弱いかなと感じた。
役者一人ひとりの質感は非常に合っているのだが、あの手の表現はフィクショナルな身体性が特に要求される形態の表現ではあるので、今日観た感じではまだまだ身体の高まり方が甘いように見受けられる。

目指す方向としてはなかなか面白い団体ではあるので、今後如何にしてそこの部分をクリアしてゆくのか注目してゆきたく思う。


横山 真
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by yukinone_makoto | 2008-03-15 00:10 | レビュー

準備

近頃、「準備」というものをテーマにして生きております。

これまでの自分は、どうも心身共に不安定でムラっ気があるように思います。
それは先日の公演でより痛切に実感致しました。

たしかにそういったムラというものは人間である以上ある程度仕方のない部分はありますが、問題はその原因で、単純に準備が足りない事に起因しているのではないかと思うのです。
これは完全に役者としての自覚不足であり、表現者として本来あってはならない事であります。

人間の身体は日々変化しているのに本番もしくは稽古に臨むための準備を怠っていては、その変化がダイレクトに芝居に反映されてしまいます。そんな状態ではムラが出て当然の話です。

その日その日で違っている己の身体の状態をもっとよく観察し、そこでの適切な準備を尽くすからこそ、コンディショニングの良し悪しに左右される事のない安定したパフォーマンスができるのだし、十分な準備をする事によって、今よりももっと高い領域へと足を踏み込めるのではないかと思うのです。

自分の素材に頼った芝居はそろそろ卒業しなければいけません。
そのための準備は決して惜しんではいけないのだと思います。


横山 真
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by yukinone_makoto | 2008-03-13 17:43 | つれづれと
本日は青年団の西村さんや山の手事情社の山田宏平さんらWS研による「困った状況をつくる」WSプログラムの試食会のためアトリエ春風舎へ。


や、短いながらも本当に楽しい充実した時間を過ごさせて頂きました。

困った状況下で生じる不安定さによって登場人物の肉体及びその関係性の充実を呼び覚まし、それこそが観ている側の興味を引く事に繋がるのだろうなという事を実感としても客観としても確認できた。しかし、理屈だけが先行し説明的・記号的な肉体になってしまうと、たとえどんなに面白い設定であってもすぐに飽きてしまう。

やりながら、そして他グループを観ながらそんな事を感じ、なるほどなーと思いました。

個人的に感じた今日のプログラムの問題点としてはルール(不自由さ)の線引きが曖昧だったので、そこをもっともっと具体的にしてゆく作業が必要かなという事です。今はまだ良くも悪くも自由すぎるので逆に不自由に感じられ、演劇関係者以外の方からするとだいぶ敷居が高いように感じられました。
あとは時間設定。正直もう少しグループ毎のMT時間は増やした方がよいと思います。単純に楽しいので、たぶん時間が増える分には全く問題ないかと。



こういう構想中のWSプログラムを実際に試し、それについてお互いに意見交換してゆく形式のWSというのも面白いですね。自分が指導者として今後活動してゆくためのひとつのヒントを与えて頂いた気がします。


今回、このような機会を教えて下さった宏平さんには心より感謝です。
本当にありがとうございました!


横山 真
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by yukinone_makoto | 2008-03-06 02:37 | WS・セミナー参加レポート
お陰さまで、マームとジプシー『ほろほろ』は無事に全日程を終了しました。
関係各位の皆様方及びご来場下さりましたお客様方には心より感謝致します。

今回、本当に悩んだし、一時期は役者を辞めた方がいいのではないかとまで考えたのですが、最後までそんな俺に付き合い続けてくれた藤田君の想いと、本番2日目ソワレのあの奇跡的な瞬間との出会いのお陰で、まだ俺は役者を続けていてもいいんだという気持ちにさせてもらえました。

実際問題として、藤田君からは次回公演出演のオファーがきましたし、もう少しがんばってみようかなと思っております。

てか、たぶん演劇の神様が、こんな中途半端なところで辞めようかなどと情けない事をのたまっている俺を許してくれないんだろうなって最近思うようになってきた。まあ、だったら燃え尽きるまで役者を貫き通して生きなきゃ駄目だよな。。。

まあ、どうなる事かは分かりませんが、横山はまだまだ役者を続けてゆきますので、今後ともどうぞよろしくお願い致します。


横山 真
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by yukinone_makoto | 2008-03-06 02:34 | つれづれと