演劇家・横山真が己の表現の追求・具現化のために発足したプロデュースユニット。生(LIVE)の表現にこだわり、演者から発せられる音・熱・呼吸・視覚的印象などを五感+αで感じられる作品創造を目指す。


by yukinone_makoto
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6/29(金) 『方丈の海』稽古26日目

6/29(金)20:00~22:00 @IQ150スタジオ

【外界への印象】
《天候》
●晴れ
・いい具合に暖かくなってきた、が、少し空気に濁りも感じる
《空間》
・心地いい重みの空気と明かり

【稽古前の身体状況】
・姿勢によって腰が猛烈に痛む
・落ち着いてきたはずの咳がまた出始めてきた
・下半身に安定感が出てきた
・気付くと歯を食いしばっている
・首周りの筋肉が強張っている

【今日のテーマ】
◆動的イメージで小節の身体をとらえ、実践してゆく

【ふりかえり】
今日の稽古は、小節の今後にとっては大きな転換期となる稽古であった。
これまでの稽古で積み重ね、今の形になった小節、それを大きく崩すこととなったからだ。

しかしそれは今までの積み重ねをなかったことにする訳ではない。
というよりも、これまでの経験は役の方向性を転換させてみたところで決して消えるものではないし、だからこそ、これまでの積み重ねは、確実に小節の血肉となって残ってゆくだろう。

そもそも、今日の稽古までで創り上げられてきた小節は、5月の段階で作った土台の上に乗せて積み上げてきたものなので、その土台さえ崩れなければいくらでも表に表れてくる形を変えることはできるのだ。
従って、小節という役の本質さえ掴めていれば、あとはそれをどのようにして表現に繋げるかの一点に狙いを定めて考えてゆくことができるし、また、様々な小節のあり方を探ってゆけば探ってゆくほど、その本質の部分は強化もされてゆくので、これまでに積み重ねてきたものを崩すことはむしろ重要なことでもある。

仮にその崩したことが裏目に出たとしても、役の本質さえ逃さずとらえられていれば大崩れだけはしない。
最初に作っておいた土台が、その大崩れを食い止めてくれるからだ。

半月近くの期間を費やし、また、周囲にどう思われても構わないくらいの覚悟で独自に行ってきた役の土台作りが、ここにきて非常に生きてきている。

しかしそれだけに、ここからの役の再構築も気を抜かずに目いっぱいの無茶をしてゆきたいなと思う。
せっかくのいいチャンスなんだから、攻め続けてゆく方がきっと得られるものは多いはずなので。

【備忘録】
・かなりデフォルメしてきていた身体をもう一度組み立て直すにあたって、身体に対する視座を一度フラットな位置に戻してみようかと思う。「小節だから」という先入観を取っ払ってみようという訳だ。しかし、小節という役のこれまでの人生における行動パターンそのものは考える材料としてとても重要だと思っている。要するに、小節のキャラクターから考えるのではなく、これまでの行動パターンと身体とを照らし合わせて小節の身体性を考えてみようということだ。たぶん、稽古が始まったばかりの時に比べ役への理解も深まってきているだけに、このタイミングでこのような視点からのアプローチを試みてみることはとても有効だと思う。

次回の稽古は7/2(月)になります。

【次回(7/2)稽古に向けて】
◆宿題…小節のこれまでの行動パターンの洗い出しと、それと身体との照らし合わせ
◆テーマ…前提を手放してみる


横山 真
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by yukinone_makoto | 2012-06-30 02:14 | 稽古場日記