演劇家・横山真が己の表現の追求・具現化のために発足したプロデュースユニット。生(LIVE)の表現にこだわり、演者から発せられる音・熱・呼吸・視覚的印象などを五感+αで感じられる作品創造を目指す。


by yukinone_makoto
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6/26(火) 『方丈の海』稽古25日目

6/26(火)20:00~22:00 @10-BOX box-3

【外界への印象】
《天候》
●晴れ
・ようやく暖かさが戻ってきたような気がする
《空間》
・今日はより部屋が密閉されているような感覚があった

【稽古前の身体状況】
・腰が動く度に痛む
・目が充血気味
・直前までWSをやっていたためか、重心は安定していたように思う
・だいぶ治まってきたがまだ咳が細かく出る
・猫背気味

【今日のテーマ】
◆切実に

【ふりかえり】
だいぶ小節のあり方が見えてきたような気はするのだが、まだまだ細かなところまでは神経が行き届いていないなと感じた今日の稽古であった。

特にそれが顕著だなと思ったのが、小節の身体の特徴のとらえ方が“静止画”風であること。
要は、動いていないのだ、役の身体に対する自己イメージが。
だから細かなところで矛盾が生じてしまう。
身体のフォルムは整ってきたのに、とらえ方がそのフォルムだけだから動き出すと崩れてしまうのだ。

それは他の役とのボディコンタクトが生じる瞬間には更に露呈されてしまって、意識としては身体の隅々にまで神経を行き渡らせているつもりなのに結果として自分では全く思ってもみないような身体の反応をしてしまって、役としての存在に矛盾が生まれてきてしまっていた。
しかし自分では役の身体に対する自己イメージはかなり強化できてきているつもりなので、そこで実際の身体とのズレが生じてどうにもしっくりこない「いずい」感じに繋がってしまっていたのだと思う。

そうか、と思った。

今回の創作において、先月中いっぱいは役の生理と自らの生理の刷り合わせを重点的に行い、今月に入ってからはそこまでで作り上げてきた土台の上で遊んでみたり表現スタイルを変えてみたりと色々なアプローチで役と向き合ってきていた。
しかしここ最近、どうにも停滞感を感じる瞬間が増えてきていて、しかしそれはその時々でまちまちだったりもして、自分でも原因が分からないままに行ったり来たりしてしまう状況が続いていたのだ。

そしてその行ったり来たりしてしまう不安定さの原因というのが、この「イメージが静止画なのかどうか」という点に対して無自覚であったことであったのだと思う。
たぶん停滞を感じていない時というのは、小節という役の身体に対する自己イメージも動きがあったのだろうけれども、停滞を感じてしまっている時というのは、その自己イメージが「静止画」になってしまったのだろうなと、そんな風に思うのだ。

このことにこのタイミングで気付けて本当によかったなと思う。

とはいえこれもまだ推測でしかない。

なので次回の稽古でそこのところを強く意識して稽古へと臨んでゆこうと思う。
ただ、きっと的外れな推測ではないとは思っているので、少なからず前進はできるのではないかなとは思っている。

【備忘録】
・少々重心が上がってきているように思う。たしかに身体的にはしんどい体勢を保たねばならない役ではあるので、稽古を重ねてゆくうちに身体へのダメージも蓄積されて楽な方へと身体が逃げようとしてしまうのは仕方のないことではある。が、そんなことは自分の都合でしかなく、役の都合ではない。ならば役の都合を常に実現させられるような身体を日々の鍛錬によって獲得せねばならないと思う。稽古場だけでどうにかしようとしても役に必要な体力はつかない。繰り返し行われる稽古の中で、負担の多い身体のあり方に耐えられるような身体を獲得するためには、稽古場以外の場所で何をするのか、がとても重要になってくる。


次回の稽古は6/29(金)になります。

【次回(6/29)稽古に向けて】
◆宿題…下半身を徹底的にいじめ、鍛えてゆく
◆テーマ…動的イメージで小節の身体をとらえ、実践してゆく


横山 真
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by yukinone_makoto | 2012-06-27 01:34 | 稽古場日記