演劇家・横山真が己の表現の追求・具現化のために発足したプロデュースユニット。生(LIVE)の表現にこだわり、演者から発せられる音・熱・呼吸・視覚的印象などを五感+αで感じられる作品創造を目指す。


by yukinone_makoto
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5/16(水) 『方丈の海』稽古初日(再開後)

5/16(水)20:00~22:00 @10BOX box-3

【外界への印象】
《天候》
●くもり
・風、というか、空気そのものが生暖かい
《空間》
・視覚的印象:何かのっぺりとした印象
・音:案外、屋外の音も聞こえてくるものかと気付いた
・その他:湿気が高くて、じっとり暑い

【稽古前の身体状況】
・右はそうではないけど、左肩から先が固い
・首の付け根あたりがギシギシいってる感じ
・腰が張ってる
・肚が弛い
・下半身が安定しきれていない

【今日のテーマ】
◆台詞を丁寧に受けとり、軽やかに手放す

【ふりかえり】
約2ヶ月ぶりに『方丈の海』の稽古が再開した。

本日は再開初日ということで、中断前から新たに追加された残りのシーンを読んでみて、その後は今後の公演へ向けてのスケジュール等々のアナウンス及び仕事分担の確認などで終わらせる形となった。

一時はどうなることかと思ったが、こうして皆で創作へと向き合える環境が再び訪れたことを、心の底から感謝したいし、それだけに、これまで以上に強い想いを持ってこれからの稽古へ臨んでゆきたい。


さて、本日の読み、かなり自分の中では中断前から変化があったように感じた。

それはたぶんトレーニング稽古での経験も大きいと思う。
もうひとつ俳優としての身体になりきれていなかった自分が、あの発表会を行ってゆく中で、舞台上での居方や身体感覚、そしてなにより演技勘のようなものを思い出せた実感があったのだ。
あの発表会自体ではそれをそこまで反映させることはできなかったが(というよりも、やりながら取り戻してきているような感覚だったので)、確実に身体が変化しているなと、今日の稽古前のアップ時や読み合わせの時にいちいち実感させられるような瞬間がいくつもあった。
そういう意味でも、あのトレーニング稽古は参加して本当によかったなと思う。

また、5月に入ってからの様々な経験もかなり影響しているなと自分では思っていて、例えば自分が企画していた『土路生さんの戯曲を読む会』にて自分が10年まえに出演したことのある二人芝居『山椒魚』をガチンコで読んでみたことも自分の身体へかなりの変化を与えた一因だなと思ったし、また、青年座とマームというこれまでの自分が俳優として育ってきたところ(しかも好対照な2団体)の作品を観に行ったこともかなりいい影響を与えられたのではないかと思っている。
また、自分の最も親しい友人とじっくり語り合えたことも気持ちの面ではかなり大きな力となっていて、精神的にも今、非常にいい状態であるなという自覚はある。
多少無理をしてでもこの稽古を中断している期間を利用して東京へ行ってよかったなと、つくづく思った。


まあ、状態としてはそういったいい状態ではあったものの、もちろん実際に読み合わせてみて残った反省も沢山ある。

まず、方言が全く身体に馴染んでいない、ということ。
そのためそこへばかりに意識が割かれてしまって感情のダイナミズムが生まれにくくなっている。
たぶん、ただ闇雲に方言について調べたりするよりも、その調べる方法をもう少し工夫してみる必要があるのかもしれない。
でないと、「こっちがよくなったけどあっちが駄目だ」とか「こっちがよくなったと思ったら前よくなったとこが元に戻った」とか、そういうもぐら叩き状態に陥ってしまう危険があるからだ。
そういう場当たり的なアプローチは、いくら本番までの時間がまだ3ヶ月以上あるとしても極力避けたいなと思う。
時間はあるようでも取り組まねばならないことは沢山あり、決して悠長に構えていられるような時間はないのだから。

そして2点目の反省としては、切実さが絶対的に足りなさ過ぎる、という点。
初読だから仕方のない部分もあるとはいえ、それを差し引いても雰囲気に頼り過ぎていて中身がすかすかなままで言葉を発せてしまっている自分のこの台詞に対する不誠実さには苛立ちを隠せなかった。
役としての身体のあり方については少し見えてきたような気がしているし、声、についても手掛かりが掴めてきたようないい手応えを感じてきているのだけれども、だからこそ、何故それを活かそうとしないのか、もっと言うと、何故そこまでの実感を伴ってきているのに、紋切り型の言葉の処理(そう、あれは処理だった。血が通ってなかった)の仕方で済ませてしまったのか。
初読だから今回の読みは犠牲にし、とにかくテンポ重視で場の進行のスムーズさを優先したのか?
だとしたら随分と創作というものを舐めているんじゃないか。
場の進行みたいなものに気を遣ったとして、これからの創作に繋がる何かが得られるのか?そもそも、そんなことを気にするべき立場なのか俺は?
今の自分が小節という役と向き合うにあたって何が必要なのか、そこじゃないのか?重視すべきポイントは。


なんというか、稽古期間が長いからといって余裕をぶっこき過ぎだと思う。
しかし重視すべきは、長いとか短いとかではなくその決められた期間をどう利用すれば最大限の成果を上げられるか、じゃないか。
だとしたら余裕などぶっこいている暇はないはずだ。
だからといって別に気負う必要は全くないと思うが、少なくとも「長い」とか「短い」とかそういうものさしで発想するのはなしにして、「この期間を最大限活かすためにはどう過ごすといいのか」というところから発想してゆくようにしたい。


次回の稽古は5/19(土)になります。

【次回(5/19)稽古に向けて】
◆宿題…台詞の一個一個に方言を当てはめて、音で捉えながら色々遊んでみる
◆テーマ…会話を、する


横山 真
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by yukinone_makoto | 2012-05-18 15:08 | 稽古場日記