演劇家・横山真が己の表現の追求・具現化のために発足したプロデュースユニット。生(LIVE)の表現にこだわり、演者から発せられる音・熱・呼吸・視覚的印象などを五感+αで感じられる作品創造を目指す。


by yukinone_makoto
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12/12(月) 『少女Aの帰還』 稽古7日目

12/12(月)18:40~21:30 @岩戸公民館・会議室

【外界への印象】
《天候》
●晴れ
・とにかく日向にしかいたくないくらい寒暖の差が激しい
《空間》
●会議室
・視覚的印象:明るさの質が合わないのか、目が痛く感じる
・音:今日は反響が気にならなかった
・その他:どうも落ち着かなかった

【稽古前の身体状況】
・目が霞む
・身体のバランスが右に寄ってて身体自体が右に傾いでる
・肩胛骨の間が若干痛む
・肚が浮き気味
・左膝が少し痛む

【今日のテーマ】
◆生活感

【ふりかえり】
どうも場当たり的な向き合い方に終始してるなと自らに対し感じてしまった今日の稽古だった。

あんなのは稽古ではなく、台詞合わせでしかない。
しかし今の状況を考えれば、そんな悠長に台詞合わせをしているような余裕は自分にはないはず。
にも関わらず、本気で飛び込むことを怠った自分の甘さには辟易する。

分かったフリをするな。
そもそも分かってないことなんかバレバレだ。
そんなちっぽけな見栄にすがって、みっともないったらありゃしない。

何かこう、心のどこかで自分のやり易いところを探してしまっているように思う。
しかし俺みたいなちんちくりんな人間が、自分のやり易いところでだけで創作に取り組んで、何が残るんだ。
どんなに恵まれた素材や優れた能力を備えた人であっても、自分のやり易いところでやっていれば人の心を動かすことなんかできないのに、それを自分ごときができると思い込んでいるのならば本物の馬鹿だし、できないことを分かっていながらそこから出ていこうとしないのならばもっと性質の悪い、創作に取り組む人間として最低の発想だろう。

まあ、何よりも頭にくるのは、こんなところでばかり饒舌に自らを責めて多少なりともすっきりできてしまっている志の低さだ。

何故「まだまだ」とか「もう少し」ではなく「もっともっと」をこの場に書けないのか。
何故いつも反省ばかりを綴って終わりなのか。
そこのところを本気で考え直した方がいい。

この稽古場日記は愚痴や自虐を垂れ流して今のもやもやを解消する場ではないはず。

だったら「やらねばならないこと」などはクリアしていることを前提として稽古へ臨む必要がある。
俳優ならば、稽古場では「やりたいこと」を次々に形にし、それらを発信してゆくことが最低限の勤めであるはず。


明日以降も今日のような内容を綴るようならば、この稽古場日記もやめてしまって構わないんじゃないかと思う。
うまくいかないことの鬱憤を薄めるためのガス抜きにしかならない日記なんか創作にとっては逆効果だからだ。

しかし、この日記は続けてゆきたいと自分は思っている。
ならば続けられるような稽古場での振る舞いを心掛けることだ。
継続は大切だけれども、形式だけで続けるのでは何にもならないのだから。


【備忘録】
・自分の台詞が一つひとつぶつ切りになっているのは何故か?特に語尾が酷く、あれでは会話になってないし、端で聞いていても一本調子で男に対し何も興味が湧いてこない。つまらない。
・目の前に存在しているであろう相手との向き合い方が曖昧すぎる。かといってガチガチに固める必要はないが、その曖昧さが役としての向き合い方の曖昧さではなく俳優としての曖昧さでしかないため、それでは両者の間には何にも生まれてこない。要は役としての意思が稀薄。雰囲気でやってる。
・というか、もしかすると『ドラマリーディング』という手法に思考が捕われ過ぎなんじゃないか。まずは相手との関係があって、応用はそこからのはず。基礎工事ができてないのにデザインを云々してどうする。そもそもそれは役者の仕事か?もっと演出を信じろ。
・固い。とにかく固い。心も、身体も。だから強弱2パターンでしか台詞を扱えなくなっているんだ。一人でなんとかしようとするな。責任の独り占めはやめろ。


次回の稽古は12/13(火)になります。

【次回(12/13)稽古に向けて】
◆宿題…参考文献等に可能な限り触れる
◆テーマ…相手を見る、或いは視る


横山 真
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by yukinone_makoto | 2011-12-12 23:39 | 稽古場日記