演劇家・横山真が己の表現の追求・具現化のために発足したプロデュースユニット。生(LIVE)の表現にこだわり、演者から発せられる音・熱・呼吸・視覚的印象などを五感+αで感じられる作品創造を目指す。


by yukinone_makoto
カレンダー
S M T W T F S
1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30

12/6(火) 『少女Aの帰還』 稽古3日目

12/6(火)18:30~21:30 @岩戸公民館・会議室

【外界への印象】
《天候》
●曇りのち雨
・雨の割には空気はぱさついてる
《空間》
●会議室
・視覚的印象:ちょっと電灯がちらついてる箇所があって、不快ではなかったけれども気になった
・音:静かになると空調の音の主張具合が気になる
・その他:ゴミが気になる

【稽古前の身体状況】
・腰が張っている(但し筋肉痛の類)
・乾燥のせいか目がしょぼしょぼする
・気付くと猫背になっている
・身体が右に傾いでいるような感覚で、左右のバランスが悪い気がする
・呼吸が浅い

【今日のテーマ】
◆没頭

【ふりかえり】
ようやく、勘が戻ってきたような気がする。
や、そうはいってもまだまだ足りないのだけれども、これまでちぐはぐだった身体と気持ちのバランスがだいぶ噛み合ってきたような感覚が持ててきている。

なんというか、抽象的な表現になってしまうのだけれども、「スイッチ」の入れ方を思い出したのだ。

とはいってもこの「スイッチ」は、日常から断絶させた、日常と全く切り放された状態に切り替えるためのスイッチではなく、あくまでも日常と地続きなままで心身共に非日常の状態へと高めるためのスイッチである。

自分は、ここ1年くらいこのスイッチを見失ってしまっていたようで、だから気持ちを高めようとすれば訳が分からない盛り上がり方になるし、逆に抑えようとすると見ていて恥ずかしくなるくらいに半端なことしかできなくなる、という両極端な立ち方でしか人前に立てずにいたのだ。

そんなこんなで、今日の稽古では本当に久々に前のめり気味の体制で臨めた。
お客さんになる瞬間がなかったのだ。

思えば、5月のチャリティ公演に臨んだ時にはこの感覚が決定的に欠けていたなと、今日の稽古を経て実感した。
あの時は何もかもが受け身で、舞台上にいながらもお客さんの心地でいたため、自分というものが存在していなかった、と、その状態を脱してみたことで理解できた。
これは渦中にいてはなかなか気付けないことだと思うので、今のこの段階で抜け出すことができたのはかなり大きなことだと思う。


まあ、そうはいってもこれは本来舞台に立とうとする人間ならば当たり前に備えておくべき意識だと思うし、だからマイナスがゼロになっただけのことだ。
しかしこのマイナスだった時期というのは決して無かったことにはならない訳で、だから今後の振る舞い次第ではこのマイナス分をそのまま一気にプラスに変換させることだって可能だと思っている。

それだけに、今日のこの感覚は決して忘れちゃいけないし、だからこそ、今日のこの感覚を出発点として更に一歩前へと歩を進める必要がある。
「大切にすること」や「忘れないこと」と、「守りに入ること」や「前と同じように振る舞うこと」とは似ているようで全く違うことだからだ。

時には「手放すこと」が、もっと言うなら「棄てること」が「大切にすること」と繋がることだってあると思うし、たぶん、それこそが過去のマイナス分をプラスに変換させるために必要な発想なんじゃないか、という気がしている。

なので明日の稽古では、今日得たと感じたものの一切を手放して稽古に臨もうと思う。
ある漫画の中で「“棄てること”と“信じること”は同じだ。棄てていると同時に、信じてもいるんだ」という台詞があって、それを読んだ当時はどうしてもピンとこなかったのだけれども、今はとても分かる気がする。

なのでこの感覚はしっかり明日へと繋げてゆきたい。

次回の稽古は12/7(水)になります。

【次回(12/7)稽古に向けて】
◆宿題…役の視野を拡げるための必要な情報のリサーチ
◆テーマ…手放して、その時生まれたものを信じて、動く


横山 真
[PR]
by yukinone_makoto | 2011-12-06 23:47 | 稽古場日記