演劇家・横山真が己の表現の追求・具現化のために発足したプロデュースユニット。生(LIVE)の表現にこだわり、演者から発せられる音・熱・呼吸・視覚的印象などを五感+αで感じられる作品創造を目指す。


by yukinone_makoto
カレンダー
S M T W T F S
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31

4/29(木) 『しゃぼんのころ』 稽古10日目

4/29(木)18:00~22:00 @青少年学習センター・和室

【外界への印象】
《天候》
●晴れ
・とにかく風が強い
《空間》
●和室
・視覚的印象:色彩が薄い印象
・音:いつもより静かな感じがした
・その他:足元の感覚が緩い感じ

【稽古前の身体状況】
・これまでの寒さで固くなっていた部分が一気に緩められたせいか、身体が妙に重い
・首の筋が張っている感じ
・後ろ重心な気がする
・どうにも気持ちが盛り上がりきれない
・意識のフォーカスが内に向きやすい

【今日のテーマ】
◆見る

【レポート】
今日の稽古、正直に言ってしまえば悔しさばかりの残った稽古となった。
昨日に引き続き、日比野のシーンの稽古を行ったのだが、全く以て台詞が出てこなく、出てきたとしても、ただ言っているだけで中身のないスカスカな言葉ばかりが発せられてしまっていた。

ただ単純に台詞覚えの問題でもあるし、はっきり言って集中力も前日よりも低い状態であったことも影響しているだろう。
何故か精神的にも身体的にも重っ苦しい状態で、なかなか気持ちが盛り上がってこなかったのは明らかに稽古に臨むにあたっての準備が不足していた証拠であり、日常の身体で人前に立ってしまったことは猛省に値する行為であったのではないか。
ここについては、即、改めてゆかねばならない。


が、原因はそれだけではなかったとは思っている。

今日の自分の停滞の原因のひとつとして、「自らの俳優としての特性」を無視した借り物の台詞との向き合い方を用いてしまったことが大きかったと思う。
それは稽古後に藤田君と話した際にも言われたことだ。
言葉の一字一句にこだわるのではなく、もっと自分の感覚的な部分を信じて場の空気を停滞させないことの方を大切にしていった方がいい。

考えてみれば、相手役である聡子ちゃんがどんな表情をしていたのか、全く思い出せない。
ざっくりとした印象のぼやけた映像でしか浮かんでこず、どの台詞のどこの部分でそんな表情をしていたのかなど一切認識できていなかった。
それどころか自分の中でどんな感覚の変化が起こっているのかということにも全く意識が及ばなかった。
とにかくもう台詞を言うことに精一杯だったのだ。

言葉ももちろん軽んじてはいけないけれども、それよりもその場で生きることを第一に考えるべきだ。
これまでの創作を思い返してみても、自分の場合はまず役を自分の中で馴染ませてゆくことから入っていたはず。
自分の中で役が馴染んでいれば、台詞なんてだいたいのニュアンスで覚えていても場のやりとりは循環させてゆけた。
そう、いつもは、そうしてゆきながら徐々に言葉の精度を上げてゆく、というアプローチの順で創作を行っていたはずだ。
これまで、役が自分の中で繋がってからはどんなに台詞が追加されても対応できていたことを思い出すべきだと思う。
そして、自分は決して器用な役者ではないんだということも忘れちゃならないと思う。


たぶん、少し焦っていたのかもしれない。
もっと地に足を着けて、堂々としていればいいんだと思う。

たしかに公演を重ねる毎に、背負う責任は大きくなってくるものだけれども、だからといってそこばかりにとらわれてしまっていては前進などできないはず。

責任は、力に変えるものであって重荷にするものではないのだから。


次回稽古は5/1(土)になります。

【次回(5/1)の稽古に向けて】
◆宿題…日比野と向き合う
◆テーマ…場を停滞させない

横山 真
[PR]
by yukinone_makoto | 2010-04-30 14:43 | 稽古場日記