演劇家・横山真が己の表現の追求・具現化のために発足したプロデュースユニット。生(LIVE)の表現にこだわり、演者から発せられる音・熱・呼吸・視覚的印象などを五感+αで感じられる作品創造を目指す。


by yukinone_makoto
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4/21(水) 『しゃぼんのころ』 稽古5日目

4/21(水)14:00~22:00(横山17:00入り) @青少年学習センター・和室

【外界への印象】
《天候》
●曇り
・ぬるい
《空間》
●和室
・視覚的印象:かっちりしてる印象
・音:高低差をあまり感じない音の響き方に感じた
・その他:畳なのに足元が固いような気がした

【稽古前の身体状況】
・少しお腹がぐるぐるする
・呼吸は落ち着いている
・腰が変に軽く、定まってない感じがする
・肩胛骨が背中に張り付いてしまっているような感覚
・鼻がむずかゆい

【今日のテーマ】
◆不毛になってみる

【レポート】
今日は自分の出番はなし。


稽古を外側から見ていて感じたことのひとつとして、「“何か”を考えているのは分かるけれども、それが何なのかは見えてきそうで見えない」という瞬間の俳優の身体は、とても面白いなということ。

しかしこれが何を考えているのかが分かってしまうと、途端に興味は失われてしまう。
その「分かってしまう」ことの原因として、「停滞」というものが挙げられるのではないかと思う。

「今の自分はこういうことを考えています」とか「こういう状態です」とかいうことを考えてしまえば、その人の身体は一気に停滞が始まってしまう。
しかし、状態としてはシンプルな身体の状態であっても、常に変化し続けているとすればそれは見ている側からしてもなかなかとらえることはできないため、「見えてきそうで見えてこない」状況を継続させることができるんじゃないかと思う。
何故なら、俳優が常に変化し続けているのだとすれば、「あ、この人は今こう考えているのか」という風に観客が理解した時にはもう既にそれは過去のことであるのだから、どうやっても俳優のリアルタイムで感じているもの考えているものには追い付けないことになるからだ。

但し気を付けなければいけないのは、「何なのかが全く分からない」と思われてしまっても、それは変則的にではあるけれども「分からない」という意味で分かり易いので、やっぱり飽きられてしまうということ。
思うに、それは「変化し続ける」という状態に居ついてしまっているということであり、結局は停滞していることと変わらないからそうなってしまうのではないか。

だからたぶん、常に変化し続けている外界の刺激を利用して、己の中を常に動かし続けてゆくことが大切なんだと思う。

きっとそれは難しいことなのかもしれない。
でも、そう複雑なことではないんような気もする。


とにかく「今、ここ」に没頭すること。
それが、停滞を防ぐ一番の手段なんじゃないかな。


次回稽古は4/23(金)になります。

【次回(4/23)の稽古に向けて】
◆宿題…身体(特に腰)のケア
◆テーマ…不毛になってみる

横山 真
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by yukinone_makoto | 2010-04-22 08:17 | 稽古場日記