演劇家・横山真が己の表現の追求・具現化のために発足したプロデュースユニット。生(LIVE)の表現にこだわり、演者から発せられる音・熱・呼吸・視覚的印象などを五感+αで感じられる作品創造を目指す。


by yukinone_makoto
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2/3(水) 『たゆたう、もえる』 稽古29日目

2/3(水)10:00~22:00(横山17:00入り) @青少年学習センター・和室→青少年団体室→中会議室

【外界への印象】
《天候》
●曇り
・しっとり寒い
《空間》
●中会議室
・視覚的印象:壁を中心に、硬質な印象
・音:小さな声が聞き取りにくい反響の仕方だった
・その他:床はそんなに冷たくなかった

【身体状況】
・喉がやや炎症気味
・肩が凝ってる
・猫背
・ふくらはぎがパンパンに張ってる

【今日のテーマ】
◆場に身を委ねてみる

【レポート】
今日は久々に2場の自分のシーンの稽古があった。
ただ、それも2回だけ返しただけで、すぐその後に場通しに入った。

はっきり言って、今日の自分の出来は最低。
何故そう感じたのかといえば、最後にこのシーンの稽古を行った時から全く以て進歩できていなかったためである。
新たな発見もない現状維持など、創作稽古においては後退していることと同義である。

ブランクがあったからとか、そんなことは言い訳でしかない。
数少ない稽古の機会を、単なるお互いの芝居の確認作業の時間にしてしまったことは、相手役であるプリンにも本当に失礼な話だと思う。

何にとらわれているのか?
何に怖がっているのか?
何にこだわっているのか?


我執の心を表に出すことは、みっともない以外の何者でもない。
自分のためだけに芝居をやっている訳じゃないのだから、そんな心はどこかに置いてきてしまえ。


今日の反省点を中心とした、備忘録を以下に記しておく。

●ただその場に身を任せるということができていない。どうしても次の行為に対しての予測が混じってしまう。たしかに稽古不足もあって不安なのは分かるが、だからこそ、肚を括ってその場に飛び込んでしまうくらいの強い気持ちで臨むべきだと思う。小手先でああだこうだしたところでそもそも巧くないんだから。もっと身の程を知った方がいい。

●台詞を持ち過ぎている。間が怖いからなのか、何かしらの声を出したりして音の空白を埋めてしまおうとする傾向がある。間で芝居をするのはもちろんよろしいことではないが、だからといって全ての空白を埋めてしまおうとするのも考えものである。

●動きが大振りに、雑になってきつつある。たぶん、観客に向けて演技をしてしまってきているのだと思う。しかしマームの作品においてそれは不必要なものである。演技の分かりやすさよりも、もっと目の前の存在と向き合うことに集中すべき。

●一つひとつの行為が、皆一手分過剰。これも観客向けに芝居を行っていることの表れだ。また、相手役のこと、相手役との間にある空気、そして何よりも自分を十分に信頼できていないことの表れでもあるのかもしれない。責任の独り占めをするくらいなら一人芝居をやっていればいいということは、これまでも何度も書いてきたはず。そろそろ学べ。

●動きや声の強度を弱めると、一緒にそのエネルギーも弱くなってしまう。たぶん、この一事こそが、理屈で芝居をしていることの何よりの証明だと思う。想いと言葉がイコールで結べてしまっているのだから。言葉は想いには決して越えることはないということを、もっとよく省みてみるべきである。

こんなところか。


次回の稽古は2/4(木)になります。

【次回(2/4)の稽古に向けて】
◆宿題…色々歪んできつつある身体のケア
◆テーマ…内を漲らせ、外は柔らかく


横山 真
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by yukinone_makoto | 2010-02-04 00:41 | 稽古場日記