演劇家・横山真が己の表現の追求・具現化のために発足したプロデュースユニット。生(LIVE)の表現にこだわり、演者から発せられる音・熱・呼吸・視覚的印象などを五感+αで感じられる作品創造を目指す。


by yukinone_makoto
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1/11(月) 『たゆたう、もえる』 稽古10日目

1/11(月)15:00~22:00(横山17:00入り) @青少年学習センター・講習室

【外界への印象】
《天候》
●曇り
・風が、雨の風のように感じる。
《空間》
●講習室
・やっぱり慣れてきたとはいえ、床の冷たさは気になる。

【身体状況】
・声も鼻もだいぶすっきりしてきて、風邪はあともう少しで完治しそう
・ほんのかすかにだが、左の方の頭が痛い
・全体的に、身体に力が入りにくい
・なんとなく、ほんやりする

【今日のテーマ】
◆感情の綱引き

【レポート】
今日の稽古での留意点いくつか。

◆次が自分の台詞という時に、相手の台詞が全て言い終わるまで待ってしまう癖がある。しかし、もししっかりと相手の話を聞いていたとしたならば、自分が次に話したくなるタイミングというのは自然と決まってくるものであって、そのタイミングは常に相手の話し終わりであるとは限らないはず。「聞く」と「話す」が地続きでなく別個に捕らえてしまっているから、常に相手の言葉が全て終わるまで待ててしまうのではないか。もしそうだとするならば、それは「受けのことだけ考えている演技」であって本当の意味で相手の話を聞いている訳ではないと思う。もっと目の前の人が話していることに対してしっかりと耳を傾けられるような意識付けをしてゆくべき。

◆ほんの僅かな差なんだけれども、芝居中の一つひとつの行為にどうしても飾り付けをしてしまう。何かを感じ、そこから生まれてきたものを全てこぼさずに、その純度を保ったままで外に発することのできるようになりたい。「見せよう」というフィルターを通した演技ではなくて、自らの身体が感じたものをそのまま素直にその場へと還元させてゆけるような意識を強く持ってみようかと。

◆相手役との対立軸を観客に分かり易い形で提示してしまうような台詞の発し方をしてしまう傾向がある。関係性のために会話があるんじゃなくて、会話を行ってゆく上で関係性というものは生まれてくるものなんじゃないか。関係性を成り立たせるためだけにやりとりをするのであれば、そんなものは別にライブという形をとって行う必要はないと思う。もっと目の前に存在している相手のことを強く感じながら、その場で生まれてきたものを大切にして取り組んでゆくべきだと思う。


今回、自らに求めるもの、そして周りから求められるものは確実にその細かさを増してきているように感じとります。

が、それもまだまだ入り口に過ぎなくて、その細かさは今よりももっともっと深まってゆくだろうと思うし、また、そうでなければ困るかなとも思っていたり。
たぶん、それに伴って心身共にどんどんときつくなってくるんだろうなとは思うけれども、でも、上のステップを目指すのであればこんな程度で音を上げている訳にもいきませんわな。

今はとにかく、その日の稽古で浮かび上がった課題を、次の稽古までに確実にクリアしてゆくことを繰り返してゆくことに専心してゆこうかなと考えてます。
そういう地道な努力の中にしか、価値ある発見はないような気がしているので。


次回の稽古は1/12(火)になります。

【次回(1/12)の稽古に向けて】
◆宿題…風邪によって崩れた身体のバランスを整える
◆テーマ…目に映るもの、耳に聴こえるものに正直に


横山 真
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by yukinone_makoto | 2010-01-12 01:30 | 稽古場日記