演劇家・横山真が己の表現の追求・具現化のために発足したプロデュースユニット。生(LIVE)の表現にこだわり、演者から発せられる音・熱・呼吸・視覚的印象などを五感+αで感じられる作品創造を目指す。


by yukinone_makoto
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12/28(月) 『たゆたう、もえる』 稽古8日目

12/27(月)15:30~22:00(横山17:00入り) @青少年学習センター・講習室→中会議室

【外界への印象】
《天候》
●晴れ
・日差しが強い、ほっとする。
《空間》
●中会議室
・全体的に、硬質な印象。

【身体状況】
・背中の上部(肩周辺から首の付け根辺り)が固い
・気付くと歯を食い縛っている
・声帯がやや荒れ気味
・ほんの少しだけ、頭痛がする

【今日のテーマ】
◆心の振り子の振り幅を大きくとる

【レポート】
まだ、どう歩んでゆけばよいのかという道筋は見えてはきていない。
今日も、結局最後まで悪くないレベル止まりだった。

成立はしているけど、プラスαがない。
だから、観ていても引っ掛かりのない、ただ形ばかりが整っているだけのシーンで終わってしまうんだと思う。

自ら定めていたノルマとしては、年内中にはこの壁を乗り越えて新年を迎えたかったのだけれども、、、残念ながらクリアできずに年明けを迎えることになってしまった。


ただ、今日の稽古後に藤田君と話した「タイムリミット」という発想の中に、もしかすると現状を打破するためのヒントが隠されているのかもなと思った。

これは、日常を取り扱った会話劇を演じる際には特に陥り易いことなのだろうけども、どうも「登場していられる時間」と「その空間に居続けていたいと役が思っている時間」をイコールで結んでしまっている俳優さんは多い気がする。
だから、台詞を定めずに状況だけを設定してエチュード形式でシーンを進めてゆくと、何故かいつまでもそこに居続けていられるような身体、或いは心持ちで舞台上に存在できてしまうんだと思う。

けれども、実際にはそんな状況が訪れることなんてほとんどなくて、「自分が満足できる時間分だけその場にいられて、満足したらそこから退場できる」なんてことはないはず。
大抵の場合、もっとその場に居たいのだけれども結局はその場から離れなければならなかったり、早く違うところに行きたいのにもう少しそこに居なくてはならなかったりと、「そこに存在しようとする意思」と「実際にそこに存在可能な時間」にはズレがあって当然な訳だ。

もしかすると、今の自分にはそこへの意識付けが足りないのかもしれないなと思った。
シーンの長さ分だけ、その場に存在しようとしていたのかもしれない。

もっと今いる空間の外側からの引力を感じてみたり、シーンの長さ分以上にその場に居たいと思って存在してみたりしてみてもいいんじゃないか。
むしろそちらの方が「俺の俳優としての舞台上の仕事が終了したから退場します」と都合よくハケられてしまうよりも全然自然だし、何よりも俳優間でのやりとりそのものに立体感が生まれてくるんじゃなかろうか。

きっと、そうすることで、今回の自分のテーマのひとつである“生活感”というものも出てくるような気がする。

「ただ存在する」ということはだいぶできてきたように感じるし(まあ、とはいってもまだまだ甘いんだが)、きっとそろそろ次の段階に進むべきなんだと思う。

なので、ちょっと年明け後はまず、そこら辺に着手してみようかと。


年内の稽古はこれで終了となります。

【年明け後の稽古に向けて】
◆宿題…これまでに行ってきたことのおさらい
◆テーマ…タイムリミット


横山 真
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by yukinone_makoto | 2009-12-29 01:31 | 稽古場日記