演劇家・横山真が己の表現の追求・具現化のために発足したプロデュースユニット。生(LIVE)の表現にこだわり、演者から発せられる音・熱・呼吸・視覚的印象などを五感+αで感じられる作品創造を目指す。


by yukinone_makoto
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10/29(木)『コドモもももも、森んなか』本番7日前

10/29(木)10:00~16:00(通し・13:30~) @STスポット

【外界への印象】
《天候》
●曇り
・空が重い
・外気が冷たい
《空間》
●STスポット
・だいぶ馴染んできたせいか、広さに対する印象と実感のズレが小さくなってきた
・細かい汚れや壁の傷などに気付けるようになってきた
・舞台裏にいる時に、上の階の足音がやや気になる
・空間の景色を見慣れてきたため、芝居中の目線が落ち着いてきた気がする

【身体状況】
・胃腸の調子がなんとなくすぐれない
・腰周りが重だるい
・呼吸の位置がもうひとつ定まりきらない
・身体の緊張が全体的に酷く、身体が勝手にその不快感を感じないように感覚を麻痺させているような気がする

【今日のテーマ】
◆内に気を漲らせ、外に発する気は柔らかく

【レポート】
今日も昨日に引き続きSTスポットでの稽古。

個人的には、昨日の稽古時の発見をなんとか今後に生かしたかったのだが、その意識が強すぎたせいか逆に気負いとなってしまったようで、芝居そのものが一本調子となってしまった。
また、今日の稽古で自らに課していたテーマについてもあまり反映し切れず、それによってむしろ空回りしてしまっていたようにも思う。

何故、“今”を軽んじてしまうのか、、、
自分自身のことでありながら、その自らの意思の弱さに心から憤りを感じてしまう。

自らの意図やプラン通りにいかないのは、芝居において当然のことであるはずだ。
自分の演技ですら完壁に再現することは不可能なことであり、ましてやそこに共演者も絡んでくる訳なのだから、自分の思い通りに芝居が進行してゆくことはまず無理なことである。

自らが立てた芝居のプランというものは、立てた時点で既に過去のものである。
そして物語における今後の展開や結末が分かっている以上、そこから逆算して芝居を組み立てようとしてしまうことは、先読みである。

“先読み”をしながら“過去”に立てたプランの通りに芝居を進行させようとすること。
そこには“今”がぽっかりと抜け落ちているではないか。
そんなことを生の舞台で行なっていいはずはない。

役についての設定と台詞だけを身体に叩き込んで、あとは“今、ここ”に没頭してゆく。
それは次の瞬間に自分がどうなっているのか予測できないだけに不安にもなってくるし、だからこそ、とても「おっかない」ことでもある
しかし、その「おっかなさ」と闘ってゆけるだけの強い意志とエネルギーを備えずして、観客を惹きつけることのできる魅力を備えることはできないと思う。

もっと強い覚悟を持って、創作へと向き合ってゆきたい。


さて、今日の初全体通しにて、通しだからこそ気付けたことが以下の2点。

◆如何にして自分の出番である3場までに気持ちを高めてゆくか。待ちの時間が長いだけに、裏での過ごし方や気持ちの高めるペース配分なども考慮してゆかねばならない。今日の初登場時の自分はあまりにもフラットすぎた。登場してから気持ちを高めていてはもう手遅れである。
◆舞台上に登場している時間以外のこうへいをもっと明確にしたい。こうへいのこれまでの人生があって舞台上でのこうへいがある。そして、出番が終わって観客の前から退場した後もこうへいは生き続けてゆく。このことを決して忘れてはならない。


それにしても、今日の反省点は過去の自分が何度も失敗してきたことの繰り返しではないか。
こんな初歩的なことで足踏みしてしまっている自分を、もっと恥じるべきである。


次回稽古は10/30(金)になります。

【次回稽古(10/30)に向けて】
◆宿題…舞台裏での過ごし方について考えてみる
◆テーマ…こうへいのこれまでとこれからが地続きに続いているという意識をしっかりと持つ


横山 真
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by yukinone_makoto | 2009-10-29 20:26 | 稽古場日記