演劇家・横山真が己の表現の追求・具現化のために発足したプロデュースユニット。生(LIVE)の表現にこだわり、演者から発せられる音・熱・呼吸・視覚的印象などを五感+αで感じられる作品創造を目指す。


by yukinone_makoto
カレンダー
S M T W T F S
1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31

9/13(日)『コドモもももも、森んなか』稽古4日目

9/13(日)18:00~22:00 @青少年学習センター・中会議室

【外界への印象】
《天候》
●晴れ
・空気が透き通っているような感じがして気持ちよい
・全体的に色が濃い
《空間》
●中会議室
・妙に明るく感じる
・床に踵を付けた時の、足音が気になった

【身体状況】
・下半身が何となく重っ苦しい
・首の後ろから肩周りが詰まっている
・肚が定まってない
・呼吸が軽い

【今日のテーマ】
◆非言語部分の意思伝達への意識

【レポート】
今日の稽古では、まだ自分のシーンまで台本が到達していなかったため、最初に行なった全体での読み稽古でト書きを読んだ後は他の人のシーン稽古を見るだけで終えた。
が、外から見ていても自分次第で得られるものは沢山あるのが稽古である訳で、今日の稽古でも普段の稽古に匹敵するだけの今後の創作に繋がる発見がいくつもあった。

それは主に「間合い」についての発見が中心であったのだが、よくよく考えてみると、今回の作品へと挑むにあたり、この点こそが創作における最大のキーワードになるのではないかという気がする。

というのも、今回の作品は「子供から見た世界」というものを取り扱っている。
それはかつて自分達も一度は通ってきた道のはずである。

が、これは、実際に取り組んでみてとことん思い知らされたのだが、無策で臨んで成立させられるほどにイージーな世界では決してないようである。
まあ、それも当たり前といえば当たり前のことで、うちらはもう子供ではないのだから、同年代の人間を演じる時と同じ感覚で演じることなど不可能なことなのだろう。
しかし、だからといって声色を変え、子供っぽい仕草を行ったところでそもそも見た目が大人なのだから、そこには痛々しさしか残らないというのがそれを観た大方の人間が抱く率直な感想になってしまうと思う。

では、どうすればよいのか。

自分は、そこのところで「間合い」が重要になってくるのではないかと見ている。

外界のあらゆる事象に対する物理的な距離感や精神的な距離感としての「間合い」。
自分自身の欲求や自意識に対する「間合い」。
人との調和と自分の心地好いリズムがそれぞれどのような比率で意識されているのか、という時間の流れ方に対する「間合い」。

これらの一つひとつの要素を今一度徹底的に見つめ直し、今の自分はどのような「間合い」となっているのか、その「間合い」のどれをどう変えたらどうなるのか、実際の子供のそれぞれの「間合い」はどのように機能しているのか、などをとことん観察・検証してみようかと思っている。


ただ、これは今日の稽古を外から見ていて導き出した考えであり、あくまでも推測である。
もしかしたら見当違いのことを行なおうとしているのかもしれない。

が、間違っていたなら改めればいいだけのことだ。
第一そこで費やした労力は決して無駄にはならないだろうし、そもそも、それくらいの手間もかけられないのなら、最初からやらなければいい。

手間を惜しむということは、創作を放棄することと同義である。

やれる準備は全てやるのが、創作という行為に対する最低限の礼儀であると自分は思う。


自分が次回稽古(9/16)をNGのため、次の更新は次々回稽古分(9/19)となります。


【次回稽古(9/19)に向けて】
◆宿題…「間合い」についての考察
◆テーマ…非言語部分の意思伝達への意識


横山 真
[PR]
by yukinone_makoto | 2009-09-14 01:25 | 稽古場日記